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涙を誤魔化したくて、夏海はあえて微笑んだ。
「こっちこそありがとう。そんなふうに言ってもらえると気持ちが楽になるわ。……でもどうせあと数年もしたらセカンドキャリアを考える時期なの。たぶん体が無理になるから」
「体?」
「うん。体力だったり、目だったり……人間、どうしても衰えが来るでしょ? 特に脳外科医は緻密な手術が多くて……補助するような機械が導入されてはいるけれど、それでも生涯現役は難しい。いずれそうなるんだったら、あまり年齢が上がる前にずっと続けられるような新しい道を模索するほうが将来的にはいいのよ」
図らずも道を見失っている時であり、ちょうどいいタイミングとも言えた。
これもある意味運命なのかもしれない。
『いい機会だから道を見直しなさい』という神様からのお告げなのかも、とちょっとナオみたいに考える自分を笑う。
「どうするか少しくらいは決めてるの?」
「そうね……臨床医をやめて研究医として研究分野に移るのも手だし、今のキャリアを生かして脳外科の指導医をしながら負担の少ない可能なオペのみやるとか……手術した患者さんのその後のケアをするリハビリテーション科専門医に変わるとか、脳神経内科にシフトして一般病院に勤めるとか、内科全般にシフトして外科もできる開業医になるとか……その辺りは可能かな。どの道を選ぶにしても、日本に帰ろうかなって思ってる」
「夏海、日本に帰るの? そうしたらずっと日本? 俺と離れ離れ?」
「そうなるわね。でもほら、一緒にいられなくても、心はレモンに溶けた砂糖みたいにそばにいてくれるんじゃないの?」
バーでナオが言ったことを真似してフフッと笑うと、ナオは少しだけ不満そうな悲しそうな顔をした。
「まだ何年か先なんだから、そんな顔しないで」と言いたいけれど……
たぶん寂しがってくれているのだろうと思うとナオがかわいらしく見えて、あえて言わずにナオを見つめた。
ニヤけてしまいそうな顔を必死に堪えながら。
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