cocktail.06 軽くて、ちょっと意地悪

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「……明日じゃないの?」 「まだ行かないよ」 「ひ……酷……っ、ナオの嘘つき」 「うん。ごめんね」 優しくナオにハグされても腹が立って、ナオの胸元をグイグイと手で押し、離してくれないからバシバシと胸を叩いた。 「離して。ナオ……嫌い」 「うっ……それは言わないで」 すると夏海は涙目のままナオを睨むように見上げて問う。 「ナオの嫌いなものって何?」 「……どうしたの、急に」 「いいから答えて」 「嫌いなもの? うーん……夏海の悲しい涙……なーんて」 「ふぅん。じゃあ、今度嘘言ったら、ナオの前で大泣きしてやるんだから」 「えー」 「ナオが引くくらい、困るくらい大泣きする。年甲斐もなくわんわん泣く」 「それは……ただただかわい――……」 「え?」 「ううん、何でもない。わかった。もう嘘言わないから」 「……本当に、明日ヨーロッパに行ったりしない?」 「しない」 「今度は本当の本当?」 「うん。夏海の涙に誓うよ」 またナオのペースに呑まれているようで悔しくて、ハグされたまま顔を上げてナオのことを思い切り睨もうとした。だけど―― あぁ、またこの顔だ。 ナオはこちらを見つめて優しく微笑んでいた。 それはまるで、心から愛おしい人を見るかのようで…… そんなふうに勘違いしそうな自分が恥ずかしくて夏海は慌てて俯いた。 「……ナオのバカ」 「ごめんね」 ナオに明日からヨーロッパへ行くと言われて寂しくなった自分。 ヨーロッパへ行くのは1ヶ月先だと聞いてホッとした自分。 自分は一体ナオとの関係をどうしたいのだろう。 弘臣のことを想う気持ちは未だに確かに存在するのに、少しずつナオの占める割合が大きくなっているような気がする。 自分の気持ちが動いているというよりは……気持ちのゲージの中に、ナオがひょいっと……いや、グイグイと入り込んで存在感を示すから、ついついその存在を意識してしまうという感覚だ。 「ナオは……強引ね」 そうボソッと呟くと、ナオが首を傾げる。 「Go in(ゴー・イン)? 俺、どこか入る?」 「……入らなくていいわよ」 あーもう……。とんちんかんなナオの言葉のおかげで、いろんな気持ちがあっという間に吹き飛ぶわ。 でも悔しいから笑ってる顔なんて見せてあげない。ひたすらに不貞腐れた顔を作るのみよ。 そう思うのに―― 「あー、ここまで登ってきたら、俺、お腹すいてきちゃったな」 「えっ!? あんな大きいサンドを食べたじゃない!」 「足りなかったよ。もう一本くらいヨユーで食べられるよ」 「……底なしね。どんなお腹の作りしてるのよ」 「タカノに四次元ポケットって言われたよ」 あぁ、ダメだわ。 この人、おかしくて笑っちゃう。
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