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誰もが憧れ、ものにしたいと思わせる女、、
それを独り占めしている、こんな幸せな事はない。
そんな幸せの絶頂にいたはずの私に、
不幸の赤紙が届いたのだから、
恨みの一つも言いたくなる。
戦争末期の田舎の風習では、家の存続を危惧して妻に子種を授けての出征が当たり前と考えられていたが、私の場合単なる許嫁の立場では後に残す彼女が不憫に思えてならなかった。
そうとはいえ籍を入れる時間的余裕も無い。
つまるところ彼女に指一本触れる事なく今生の別れを告げることとなってしまった。
「もう私の事は忘れてくれ、、」
「そんなことは言わないで、
いつまでも待っていますから、必ず生きて帰って下さい」
「私達は夫婦になったわけではない、君は未だ若く美しい、いくらでも良縁があるはずだ」
「私は生涯一人の人しか愛しません、
だから、、、約束して下さい、どんな形であれ
生きて帰ったならば私の処へ戻ってくると」
「わかった、もし本当に生きて帰る事が出来たなら必ず君を迎えに行こう」
駅のホームで死地へと赴く夫や息子を、
心とは裏腹の万歳三唱で見送る人々の心情とは一体如何程のものか、
本来長寿を願って唱える万歳ではあるが、
本当に長寿を願うのであれば、見送りびとが言いたき言葉は、"死にに行くな"ではないか、
決してお国の為に命を捧げるのではない、戦地へ向かう誰もが、己の命よりも大切な家族を守るために一本の矢となって立ち向かうのだ。
この時期になれば、
情報に疎い市井の人々であれ、戦争の張本人である大本営の嘘に薄々気づき始めていた。
連戦連勝のニュースの陰で生還者も無く、村の中にも戦死報告が続けば当然のことだろう。
万歳三唱のあと、
動き出した汽車に向かい皆深々とお辞儀をしていた。きっと心の中では自分が信ずる神や仏に、
旅立つ者の命の祈願をしているのだろう。
そんな人混みから一人離れて、彼女は駅舎の柱の陰に身を隠しハンケチを瞼に押し当てて涙に暮れている。
私は、きっと生きて帰れぬだろう、
どうか良き人と巡り合い、幸せになって欲しい。
そう願うばかりだった、、
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