◆01. 悲しみは突然に

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 目撃者も多数おり、浅田の車は血まみれだったことから、浅田が犯人だということはすぐに判明した。――現場は、阿鼻叫喚、だったそうだ。何故。そばにいてやれなかったのか。愛里が辛いときに……苦しんでいるときに。  せめて。息絶えるとしても、その瞬間を……寂しくならないように、一緒にいてやりたかった。このときばかりは、生活を支えるはずの仕事が憎かった。連絡がすぐに入らない状況がもどかしかった。憎かった。 『愛里。大人だもの。もう、子どもじゃないもん』――ひとり娘の愛里。愛する妻の忘れ形見である愛おしい娘。たったひとりのわたしの宝物……。保育園で、一番うえの学年になり、大人の意識が芽生えた。小さい子を守るのが、愛里の仕事だといつも言っていた。歩く時もおててを繋いで、小さい子が道路に飛び出さないように守るのが愛里の役割なんだよ――と。  そんな愛里は。暴走する車を前に、自分は前に出て、小さい子たちを後方に押し出し、――だから、他の子は軽傷で済んだ。まさか。お姉さんの教訓がこんなかたちで活かされるとは……。お父さんはおまえを誇りに思う。けども、おまえには生きていて欲しかったよ。
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