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湖上を吹き抜ける風が一枚の木の葉を湖面に散らし、緩やかな波紋を広げる。
湖に面したウッドデッキで、ロックグラスを片手に、刻一刻と移ろう景色を眺める。日が傾き始め、木々の影が伸びてきた。肌を撫でる空気がひんやりした湿気を帯びる。どこからともなく聞えてくる虫の音。つい最近まで響いていたヒグラシの鳴き声は、もう聞えない。
「少し冷えてきたから、部屋に入ろうね……」
車椅子でうたた寝をしている彼女の背後に回り込もうとすると、骨と皮だけになった白い指先が甲に触れた。
視線が重なり、彼女の唇が微かに動く。
何かを言おうとしている。でも言葉は出てこない。
彼女の瞳を見つめて、軽く頷くと微笑が返って来た。
二人きりで過ごす穏やかな時間は、あとどれくらい残されているのだろうか……
彼女に心を奪われたのは、随分と昔の事だった。
孤独を受け入れ、孤独に生きる人生を狂わせたのは彼女だ。そんな彼女が間もなく去って行く。もう二度と会えないところへ…… 私の心を握り締めたまま……
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