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 その日暮らしの生活は何年も続いた。一人きりだったら気楽な生活が出来た事だろう。だけど彼女と過ごす刹那の繰り返しは、生きている、という実感を与えてくれた。彼女の笑顔を見る度に心が躍り、涙を見る度に心が痛む。そんな一瞬、一瞬が、輝いていたように思う。  ある日、彼女の父親が亡くなったという報せを耳にした。  彼女が家を出てから二十年後の事だ。  資産家だった父親は、彼女に宛てた遺言を残していた。全財産を娘に相続する、という内容だった。その事を知った彼女は名乗り出る事にした。  その頃の彼女は、苦難の日々を乗り越えて来た事で、(したた)かな女になっていた。私との苦しい生活に限界を感じて、表の世界に姿を現し遺産を相続した。  これでもう彼女と一緒に過ごす事は出来ない、これで二人の関係は終わりだ。私は彼女との決別を覚悟した。  この二十年間、隠れて暮らしてきた原因は彼女を(かくま)いながら過ごしてきたからだ。これで彼女から解放され、楽になれる。それは分かっていたが、別れは胸が張り裂けそうな程に辛かった。生き甲斐だった彼女を失った事で、生きていく意味を無くした気がした。それ程までに彼女の事を愛していたのだ。  しかし彼女は一部の遺産のみを相続し、残りは父親の後継者に託して私の元へ戻ってきた。皮肉な事だった。手をつけてはならない盗品が、長い月日を経て途轍もない富をもたらしてくれたのだから……  斯くして私は、愛する女性と使い切れない程の莫大な資産を手にする事が出来た。私は泥棒稼業から足を洗い、湖畔に家を建て、彼女と二人でひっそりと暮らす事にした。
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