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 私には両親の思い出が無い。どこで生まれ、誰に育てられたのか、それすらも知らない。物心がついた時には孤児院に居た。孤児院の院長夫妻が親代わりだった。院長夫妻は悪い人では無かったと思うが、良い思い出がひとつも無いので、好きな人では無かったのだろう。今思えば、それは孤児院なんかにしがみ付いて生きてはならない、と言う院長なりの接し方だったのかもしれないが、当時の私にそんな考えなど思いも及ばない。  中学の卒業を機に孤児院を出た。院長の薦めで町工場で働き始めた。働きながら夜間学校へ通った。工場の寮で外国人労働者と共に暮らした。ギリギリではあったが、何とか自立出来ていた。将来の事など考えるゆとりは無い、だけど生きるだけならば、何とかなった。  私と彼女は違う世界で暮らす人間だった。本来ならば、交わる事の無い人生を歩む筈だった。あの時、もしも出逢っていなければ、彼女は、人生の最期をこんなに寂しいところで迎える事は無かっただろう。  私にしても然りだ。彼女と出逢っていなければ、これ程までに感情が揺れ動く事は無かったに違いない。
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