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 甚吉の指導は厳しかった。盗みを実践するまでに、三年も掛かった。  気付かれないように忍び込む事や、財布を事よりも、こいつからいくら盗めるか、いくらまでなら気付かれないかと言う見極めが難しかった。だから最初のうちは、豪邸に忍び込んで何も盗らずに逃げ帰るなんて事もあった。  それでも甚吉に与して十年も経つと、それだけで暮らしていける程の稼ぎを得られるようになった。だけど日雇いの仕事は辞めなかった。無職だと知られると警察に目を付けられる。甚吉にそう言われたからだ。    甚吉が死んだのは、一本立ちして何年かが過ぎた頃だ。 「女が出来たら、盗人稼業から足を洗えよ……」  死に際に、甚吉が言い残した言葉だ。女が出来ると、今まで見えていた物が見えなくなる。盗人稼業を極めるには、素人には見えない物が見えなきゃならない。形ある物だけじゃなく、心に潜んでいる物や、頭の中に浮かんでいる物、そう言った物が見えてないとポカを冒す。一度のポカは命取り、一度捕まったら、死ぬまで警察から目を付けられる。甚吉はそう言い残して死んだ。  甚吉の死に様は綺麗だった。生涯一度のミスも冒さなかった泥棒は薄っすらと微笑みを浮かべて逝った。やり遂げた男の清々しさが漂っていた。伝説になるような泥棒だった。だけど伝説になると言う事は、世に知れ渡る事であり、それは即ちミスを冒したと言う事になる。本当に凄い泥棒は伝説にすらならないのだ。  仕事は順調だった。金のありそうな家は、塀の外を通りかかるだけで分かった。漂ってくる金の匂いに引き寄せられ、外からじっと眺めていると金の在り処(ありか)が見えてくる。家の大きさとか作りとか、警備の厳重さとか、そう言った事とは関係なく、金のある家、盗める家が見えてくるのだ。
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