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忍び込んだのは金曜の夜だ。家政婦の帰宅を確認して動き始めた。
季節は秋、日が沈み、夜の帳が下りるのを待って決行した。
ぐるりと囲まれた塀は一見すると難攻不落のように見えるが、越えられまい、と言う抑止力が働いているだけで、越える事自体は難しい訳ではない。
表門とは反対側の細い路地に面した塀にロープを掛けて素早く登った。越えようとする者など居ない。その心理は家主だけではなく、塀の外側に居る人々にも浸透している。人が通り掛っても、聳え立つ塀の上で身を潜めている者になど、気付きやしないものだ。
泥棒にとって最大の天敵は犬だ。だけどこれまで下見をして来た中で、犬の鳴き声は一度もしなかった。それでも油断は禁物だ。地面に降り立つ前に視線を凝らす。幸いな事に外飼いしている番犬の気配は無かった。
垂らしたロープを伝って庭内へ速やかに降りる。ロープは逃げ道を確保する為に残しておく。塀際に身を潜め、家の周りをじっくりと見渡した。センサーライトや、防犯カメラの場所を確認する為だ。
不思議な事に何も無かった。本当に何も無いのか、実際はあるのだが、それを発見できていないのか…… 一抹の不安が過ぎる。防犯設備を掻い潜る事は出来るが、どこに設置されているのか分からないのでは、掻い潜る手立てが無い。
嫌な予感がした。胸騒ぎがする。
「気持ちが悪い時は止めておけ…… 直感を信じろ!」
甚吉はそう言っていた。これは手を引くべき案件だと思った。一歩後ずさり、塀から下げられているロープを片手で握った。
その瞬間、何かに呼ばれている気がした。誰も居ない筈の家の中から誘われているような奇妙な感覚だった。これを逃したら一生後悔する。そんな考えが不意に頭を過ぎった。盗人人生を賭けてでも挑まなければならない。そんな風に掻き立てられたのだ
「盗人は常に逃げ腰であれ。前のめりになってはならない」
甚吉の言葉が行く手を阻んだ。しかしその教えに逆らってでもやらなければならない。そんな衝動に突き動かされた。
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