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 この手の鍵はお手の物だった。ピッキング用の専門工具を使う事も無く、ワイヤーが一本あれば開けられる。  鍵穴へ音を立てないようにワイヤーを差込み、その角度を微妙に調整して捻る。カチっと言う小さな音がした。開錠された。ドアノブに手を掛けて、音がしないように慎重に捻る。ゆっくりとノブが回転し、ドアが開く手ごたえがあった。  ドアをゆっくりと引いた。  次の瞬間、部屋の中から光と生暖かい空気が同時に漏れてきた。  人の気配を感じ、全身の毛が逆立つような錯覚を覚えた。 「ま、まずい……」  そう思った瞬間、ドアノブが引っ張られる感触があった。  力無く、ゆっくりと引かれる……  心臓の音が頚動脈を通じて伝わる。  逃げなければならない。逃げなければ……  しかしドアノブを握った手が開かなかった。 「一巻の終わりだ……」  人影がドアの反対側で動く。  次の瞬間、ドアの隙間から目に飛び込んできたのは、若い女性の姿だった。  驚くほどに色白で、ほっそりとした美しい女性だった。中学生とも高校生とも思える可憐な少女…… 透き通った瞳を潤ませた彼女は、私の姿を見るなり胸に飛び込んできた。  それは何かに縋るような、まるで子供が親に助けを求めるような抱きつき方だった。振り払ってでも逃げるべきだった。だけどそうする事ができなかった。見捨ててはならない雰囲気がそこにあったからだ。 「私を…… ここから…… 連れ出してください……」  彼女は小声で訥々と話した。  動揺のあまり、後の事はよく覚えていない。侵入した時と同じ経路を辿って彼女を連れ出した。きっとそうに違いない。痕跡を残さずに立ち去る。これは泥棒としての矜持だった。その点に関して抜かりは無かったように思う。  彼女を部屋から連れ出してドアに鍵を掛けた。彼女を(いざな)って屋根へ降り、窓にも鍵を掛けた。彼女を背負ったまま、ロープをよじ登り、外の世界へ逃げ出した。彼女は驚くほど軽かったから、背負ったまま逃げ出すのも大して苦労はしなかった。  盗みとしては完璧だった。  ただ一つ大きな過ちを犯してしまったのは、戦利品が金品ではなく、彼女だったと言う事だ。何を思って連れ出したのか、それは今考えても良く分からない。
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