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 私は盗んではいけないを盗んでしまった。  連れ出した彼女は、ポツリポツリと言葉を紡いだ。見た目の子供っぽさに反して、彼女は既に成人していた。  彼女の父親は不動産王ともホテル王とも言われる資産家で、財閥の流れを汲む一族の直系だった。幼い頃に母を失った彼女は、一人娘であった為、父親の寵愛を受けて育った。それは偏愛とも言える異常な愛され方だった。  外部から隔絶され、学校へ通う事すら許されず、父親に雇われた専属教師から英才教育を受けて育ったらしい。勿論、一人での外出などもっての外だった。だから彼女は、豪邸の外にどんな世界が広がっているのかを、その目にした事が無かったのだ。  外から鍵の掛かった密室、そこから忽然と姿を消した彼女。不思議な事にこれがニュースになる事はなかった。娘を監禁していたと言う実態が表に出る事を恐れた父親が表沙汰にしなかったのかもしれないし、そもそも成人している女性が家出をしたところで話題性に欠ける、そんな事情もあった気がする。  それでも彼女が日の当たる道を歩くのは困難だった。メディアに報じられる事は無くても、捜索されている可能性はあるからだ。  その日から二人の逃避行が始まった。 「女が出来たら、盗人稼業から足を洗え……」  甚吉からはそう教えられたが、盗みを続けるしか生きる糧を得る手段が無かった。日本全国を動き回って、目先の生活費を稼ぐ為に小さな盗みを繰り返した。先の見えない、明日無き生活だった。苦しい毎日だった。  月日が流れるに従い、彼女に対する思いが深まっていった。苦しい生活を支えてくれたのは、彼女の無垢な笑顔で、気付いた時には失う事が出来ない大切な人になっていた。  多くを語らない彼女だったが、頼りにしてくれている事は確かだった。誰に頼る事も、頼られる事も無く生きてきた私に守るべきものが出来た。彼女を守れるのは自分しか居ない。彼女の事を心から愛した。  彼女を豪邸から盗み出したのは私だが、気づかぬうちに心を盗まれていた。あの日、部屋のドアを開けた瞬間、彼女の透き通った瞳に吸い寄せられ、泥棒として決して奪われてはならない心を奪われてしまったのだ。
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