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女神と青年
とある泉の中に、とても美しい女神がいました。女神のルーティンは、金と銀の斧を作ることでした。叩いたり削ったり、毎日毎日せっせと拵えます。
「なぁ魚っち、うち最近な、存在意義ってのを探してんねん」
「はぁ、そうですか……」
困り果てる魚の前、また一つとピカピカの斧を積み上げて女神は言います。もう余所見しても作れるほど生産しましたが、泉は宇宙空間のように広いので場所に困ることはありませんでした。
「だって斧が落ちて来るの待つだけとか退屈すぎるやん。こんな深い森の泉になんか早々落ちてこんし」
女神には生まれながらに与えられた、仕事というものがありました。泉の中へ斧を落とした者に、質問を行うというものです。
その質問と言うのも、金と銀の斧を携えて水面に上がり、どちらを落としたのか尋ねるだけでした。どちらも自分のものではないと言えば正直者であるとして合格、どちらかを己の所有物だと言い張ればノックアウトです。
率直に言って、女神は退屈すぎるこの仕事が大嫌いでした。けれど、運命と割りきってやるしかありませんでした。
返す言葉のない魚は、銀の鱗を振り落とし、配達を完了させます。そうして、次の仕事があるからと、素早く帰っていきました。
一人ぼっちになってしまった女神は、九十度くらい首を傾けて上を見ます。ですが、青空しか見えず、溜め息が一人歩きしていきました。特にすることもないので、仕方なく鍛冶に戻ります。
その時、ぼちゃりと水に何かが突っ込んでくる音がしました。音速で反応し、再び顔をあげます。ずっしり重そうに落ちてきたのは、錆び付いた鉄の斧でした。ものすっごく切れ味が悪そうです。
「オォオ……! 斧落ちてきた! 久しぶりの仕事じゃーー!」
斧が地面に着地する前に、その辺にあった大量の製作品の中、良さげな二本を選びとります。何十年かぶりの仕事に心踊らせ、女神はモーターボートのように水上を目指しました。
大胆な水しぶきを散らし、顔を出した先、立っていたのは若い青年でした。驚いた顔で固まっています。
青年は見た目で貧乏だと分かるほど、上から下までボロボロでした。女神は、言いたくて仕方なかった台詞を、意気揚々と発射します。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」
普段は訛り癖のある女神ですが、この台詞だけは完璧に言えました。
一分くらい凍りついていた青年ですが、突然ハッと我に返ります。それから大きく息を吸い込み、はっきりと言いました。
「どちらでもなく、僕が落としたのは鉄の斧です!」
「そうかぁ。じゃあ正直者の君にはこれらの斧を」
「だ、大丈夫です!」
欲しがってくれることを期待していた女神は、愕然としてしまいました。けれど、無理矢理押し付ける訳にはいきません。
萎れながらも鉄の斧の回収に戻り、泣く泣く返却します。これで終わりなんて悲しすぎて溶けそうでした。
「なぁ、この辺で何してたん?」
「き、木を切っていました」
ダメ元で話しかけてみた女神ですが、ちゃんと答えてもらえて大歓喜です。証言通り、泉の際には薪がありました。青年ばかりを見ていて、全然気付きませんでした。
「その斧で切るの大変ちゃう? なんならさっきのやつあげるけど」
「遠慮しておきます!」
はっきりと断られ再び愕然としましたが、同時に芯の強さに感動もします。
「君幾つ? 頑張ってて凄いなー」
久々の交流に、女神の心は弾んでいました。せっかくだし色々な話がしたいなぁ……と思ったのも束の間、
「……すみません、家で妹が待っているので僕はこれで」
言葉とお辞儀を置き、背中を向けられてしまいました。もはや逃げる勢いで、青年は薪をくくります。そうして、大きな塊を軽々担ぐと、チーターのように消えていきました。
置いていかれて、女神のしょんぼり度はMAXです。徹夜で語り明かしたいくらいだったのに、こんな終わりは酷すぎます。
けれど、悲しくたってこれが現実です。地上に思いっきり溜め息をぶつけ、女神は池へと帰宅しました。
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