23人が本棚に入れています
本棚に追加
声
ーイングランドー カンタベリー
一見すれば自然豊かな田舎町だが、少し足を伸ばせば煌びやかな大聖堂が聳え立ち、多種多様な店々が並んでいる。
近くには立派な大学も建っていることから若者達の姿も多い。
ここはそんな美しい自然と町並みが調和している地方都市である。
昼時の大学では晴天なこともあってか、大勢の学生達が広大なキャンパスに集まり昼食や談話を楽しんでいた。
そんな活気溢れる学生等から少し離れ、ベンチに座り黙々とハムチーズサンドを頬張る一人の男子学生がいた。
名前はアルフィー。
栗色の癖っ毛に黒縁眼鏡、ボーダーシャツにカーディガンとジーンズを合わせたスタイルの彼。
歳は18。この大学の学生だ。
しかし見る人によって彼の外見は、15にも12にも10にも見えるかもしれない。
そんな幼く見られがちな彼だが、今は外見に似合わず覇気がない。
ずり落ちかけた眼鏡を手の甲で戻しながら、ハムチーズサンドを入れた口を機械的に動かし続けている。
何を見るわけでもなくただぼーっと真っ直ぐ前を見据えながら。
学生達の賑やかな声は彼まで十分に響いている筈だが、今の彼には遠くぼんやりとしか聞こえていなかった。
「ねえ聞いてるの!?」
「!?」
そんな彼だけの静けさをかき消すように、不意に横から聞こえた不満気な女性の声。
その声に一瞬驚いたのか、アルフィーの口の動きが漸く止まった。
同時にぼんやりとしか聞こえてこなかった周囲の音も一斉に彼の耳へと流れ込んで来る。
「聞いてる!?」
「………………」
同じ声で繰り返し問い掛けされた。
どうやらアルフィーに向けられたものらしい。
しかしそれでも正面を見たままの彼は声のする方を向く気すら無いようだ。
問い掛けに応えることなくハムチーズサンドの入った口を再び動かし始めた。
先程より少し速いスピードで……
「ねぇ!」
「………………」
彼女の問いに無視を貫く。
「聞いてるの!?」
「………………」
「ねえ!!」
「…………」
なんの反応も示さないアルフィーの態度に苛立っているのか彼女の声はどんどんと大きくなってゆく。
明らかに怒りの色が一段と濃くなった瞬間……
『何故こたえないッッ!!』
「ッ!?」
血塗れの女の顔がアルフィーの鼻先まで迫っていた。
女性の声とは思えない、獣のような喚き声が彼の耳に叩き込まれる。
同時に猛烈な突風が彼とその周辺を
襲った。
ベンチごと吹っ飛ばされそうになるのを耐えるアルフィー。
風で飛ばされるゴミや新聞紙が彼の体に当たり散らしてゆく。
同じく突風に襲われている周りの学生らも余りの暴風に目も開けられず身動きが取れないでいた。
校舎の窓ガラスが爆発したように次々と割れてゆく。
あちこちから恐怖に怯えた学生らの悲鳴が上がっていたが、その声すら風の轟音にかき消されて聞こえない。
猛烈な突風は数秒の出来事だった。
今は嘘の様な静寂が辺りに広がる。
が、周辺に散らかったゴミや割れた窓、負傷した学生ら、この惨状を見れば突風は現実にあったものだと証明していた。
「ハァ―……」
まだベンチに座っていたアルフィーから安堵と憂鬱混じりのため息が吐かれる。
怒りに満ちた女性の声や姿も今は消えていた。
他の学生らが校内に避難する中、アルフィーは吹き飛ばされまいと死守したハムチーズサンドに目をやる。
突風で被ったであろう埃を軽く手で払い、アルフィーは大きく口を開けた。
調度合わせるかのように彼越しに見える校舎の三階からは……
女性が落ちて行った。
最初のコメントを投稿しよう!