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第一話 三月「雀始巣―すずめはじめてすくう―」
「すみれさん、僕の最後の女性になってくれませんか」
突然のプロポーズだった。八月の大雨がうるさかった。私は泣いていた。
「どうして僕のいないところで泣くんですか」
先生のせいです、とは言えなかった。代わりの言葉も思いつかなった。ただただ涙が流れた。
「すみれさん」と、私の名前を呼ぶ先生の声は、優しい声だった。何か優しくされそうで、怖かった。
先生に優しく抱きしめられているというのに、雨の冷たさが体に堪える。
プロポーズというものは、もっと幸せな気持ちになるものだと思っていた。しかし、現実の私はどうしていいかわからないせいで泣いている。
私が翠先生の下宿に越してから五ヶ月が経った、夏の夜のことだった。
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