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「蝶はどこを飛ぶかなんて決めてないと思います。気軽にひらひら飛んで、疲れたら休めばいい。この縁側はもうすみれさんのものですよ」
捨てた物たちにも意味があったのだろうか。この七年は無駄じゃなかったのだろうか。
そう思い続けた日々が、桜の花びらのようにちりぢりになっていく。
私が無にしようとしてた時間が、何も知らないはずの先生によって報われていくような気がした。
「……すみれさん?」
隣の先生が心配そうに私をのぞいている。気づくと私は泣いていた。
「あなたは頑張ってきたんでしょうね」
先生はそう言ったきり、何も言わず桜を眺めていた。
私は先生に背中をさすられたような気がした。あたたかい言葉は、私の疲れた心にはまだ毒だ。
そのまま私は縁側で静かに泣き続けた。
なぜ泣いているのか自分でもわからなかったが、泣いておくべきなのだと思った。もう我慢はしない。そう決めたのだから。
今日から、少しずつ新しい私になっていこう。
働いてから人前で泣くのは初めてだと気づいたころに、先生が茶碗蒸しを出してくれた。
ほかほかと湯気の立つ甘い味に筍の触感を見つけて、春が来たんだな、と思った。
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