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第二話 四月「霜止出苗―しもやみてなえいずる―」
朝、目覚めると煤けた天井が目に入った。窓の外からはちゅんちゅんと雀の鳴く声がする。鼻からすぅっと大きく息を吸うと、イ草の匂いがした。
寝返りを打った拍子に布団からはみ出た手に畳の感触が柔らかい。ぽこぽこと波打つ畳の表面をぼんやりと撫でてみると、ようやく自分が仕事を辞めたことや先生の家に引っ越してきたこと、そして今日一日の予定が白紙であることを思い出した。
まだ時計は見たくない。もう時間に追われる生活ではなくなったのだ。携帯も確認しなくていい。クライアントからの面倒なデザイン修正指示も会社からの罵詈雑言も、私にはもう届かないのだから。
へん、と勝ち誇った気持ちになる一方で、誰からも連絡が無いことに寂しさが無いと言ったら嘘だった。間違ったことはしていないはずなのに、自分はなんて面倒な性格なんだろうと思う。自由にのびのびとすればいいだけなのに。どうしてそれができないのだろうか。
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