第二話 四月「霜止出苗―しもやみてなえいずる―」

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「すみれさんは、どの味が好みですか? 今日はたくさん用意したんですよ」  縁側に寄せられた立派な座卓の上には、たくさんのタッパーが並べられていた。 「あんこ、胡麻、胡桃、きな粉。あと海苔と醤油で磯部餅もできます。それから、おしるこも」  町内会の餅つき大会みたいだ。子どもたちは楽しそうに、お餅を頬張っている。 「あ、ずんだ」  一つだけ、黄緑が鮮やかなタッパーがあった。 「ずんだ、ご存じでしたか」  先生は心なしか嬉しそうだった。先生はずんだ、好きなのだろうか。 「ええ、まあ」 「そうでしたか。まだ旬ではありませんが、どうしても食べたくて」  ずんだにも旬があるらしい。    先生は旬を大切にしている。大抵のものがいつでもどこでも買える時代だ。旬なんて、わからない。それが普通だったせいで、便利だということにすら気づいていなかった。しかし、旬というものを意識すると、同時に「今」を大切にしているような気持ちになった。山菜を食べるごとに、春の味を知った。私は今まで、たくさんの春を無視して生きてきたのだと思う。一緒に、たくさんの「今」を捨ててきたのだろう。
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