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「もう帰ってしまうんですか?」
「ええ、障子を破って餅を食べるまでが彼らの仕事です。毎年の恒例行事。書道だけじゃ、飽きられちゃいますからね」
静かになった縁側で、先生は最後のお餅を焼き終えた。
「すみれさんには、大人の美味しい食べ方、教えましょう」
「大人の?」
先生はいたずらっぽく笑うと、台所へと消えていく。すぐに戻ってくると、手にはバターが持たれていた。
「バターですか?」
「あんことバターはね、最高の組み合わせでしょう?」
首だけで頷くと、先生は少年のように目を輝かせて、あんバターのお餅を頬張る。
「こんな美味しいの、子どもたちにはまだ早いね」
「先生が独り占めしたいだけじゃないですか」
私は思わず笑ってしまう。先生は意外と甘党らしい。
「失礼ですね、すみれさん」
食べないんですか、という先生に、食べます、とまた笑う。
「すみれさん、やっと笑いましたね」
ふと見ると先生は大人の顔に戻っていた。見透かしたような目には、相変わらず慣れない。
「せっかく二人暮らしですから。笑って生活しましょう」
ね、と私に向けられた微笑みは、やっぱりあたたかい。
引っ越してから笑ってなかったのだろうか。
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