第二話 四月「霜止出苗―しもやみてなえいずる―」

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「もう帰ってしまうんですか?」 「ええ、障子を破って餅を食べるまでが彼らの仕事です。毎年の恒例行事。書道だけじゃ、飽きられちゃいますからね」  静かになった縁側で、先生は最後のお餅を焼き終えた。 「すみれさんには、大人の美味しい食べ方、教えましょう」 「大人の?」  先生はいたずらっぽく笑うと、台所へと消えていく。すぐに戻ってくると、手にはバターが持たれていた。 「バターですか?」 「あんことバターはね、最高の組み合わせでしょう?」  首だけで頷くと、先生は少年のように目を輝かせて、あんバターのお餅を頬張る。 「こんな美味しいの、子どもたちにはまだ早いね」 「先生が独り占めしたいだけじゃないですか」  私は思わず笑ってしまう。先生は意外と甘党らしい。 「失礼ですね、すみれさん」  食べないんですか、という先生に、食べます、とまた笑う。 「すみれさん、やっと笑いましたね」  ふと見ると先生は大人の顔に戻っていた。見透かしたような目には、相変わらず慣れない。 「せっかく二人暮らしですから。笑って生活しましょう」  ね、と私に向けられた微笑みは、やっぱりあたたかい。  引っ越してから笑ってなかったのだろうか。
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