第二話 四月「霜止出苗―しもやみてなえいずる―」

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 すっかりお餅を片付けた後、待っていたのは障子の張り替え作業だった。あの不思議な匂いは障子糊の匂いだったらしい。  障子戸のまっすぐな枠に沿って、糊を丁寧に塗り付ける。多くてもダメだし、少なくても上手くいかない。  障子紙は感触の良いごわつきで、手に吸い付くような触り心地のある紙だった。会社では普通紙しか触っていなかったせいで、不思議な触感に思える。  糊を塗った木枠に沿って紙をぴんと伸ばし、余った端を半分に折って、かみそりの刃でじゃくじゃくと切る。丸めて保存してある紙は癖がついていて、くるくると元に戻りたがった。 「すみれさん、初めてにしては上手ですね」 「……そうでしょうか」  上手い状態がわからないから、私は褒められても嬉しくなかった。 「すみれさん、ワンピース、素敵ですね」  先生はまじまじと私を見つめていた。なんだか恥ずかしくなってしまい、きゅっと膝を抱えて縮こまってしまう。 「ああ、すみません。セクハラ、ですかね……」  先生は急にしゅんとしてしまった。耳が垂れた犬のようで、なんだか可愛らしく思えた。
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