第一話 三月「雀始巣―すずめはじめてすくう―」

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 解くような荷物も無いまま、畳に寝転がって過ごしていると、階下から「すみれさーん」と呼ぶ先生の声がした。  気づけば部屋は真っ暗で、今まで自分が何をしていたのかも覚えていない。開けっ放しだった窓を閉めて、階段を下りる。返事はしなかった。 「起こしちゃいましたか」  そう尋ねる先生に、いいえ、と短く返す。嫌な感じになったかもしれない。  しかし、先生は気に留めていない様子で、 「お花見、どうですか。引っ越し祝いに」  と、屈託のない笑顔で縁側の方を指さしていた。  私は、首肯だけして先生の背中についていく。縁側には盆に載せられた天ぷらがこんもりと用意されていた。 「すみれさんは、お酒は苦手ですか」  先生は日本酒を片手にそう尋ねる。 「いいえ、好きですよ」  よかった、という先生と並んで縁側に座る。  縁側から見る桜は今まで見てきたものとは違い、悠然とたくましく見えた。 「あ、桜」  先生から受け取ったおちょこの中には、桜の花びらが浮いていた。
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