第一話 三月「雀始巣―すずめはじめてすくう―」

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「ひと手間かけると、その分心が豊かになりますから」  小さくおちょこを合わせる。エンドウの入ったかき揚げとウドの天ぷらは、食べるとからっと音がした。桜は夜風に吹かれて、さわさわと音を立てる。奥の池には漣が立ち、月を揺らしていた。  雪解けの季節があたたかすぎるせいで、私の中にある悲しみが浮き彫りになっていく。いつぶりだろう、こうしてゆっくりと時間の流れを感じるのは。 「すべて捨てるの、怖くありませんでしたか」  唐突に先生が小さく尋ねる。少し考えて、 「捨てることは怖くありませんでしたよ。躊躇の無い自分の方がよっぽど怖かったです」  と返した。 「羽化ですね」 「うか?」 「蛹だったんですよ、捨てたものは。すみれさんを守ってくれてたんです。躊躇なく羽化できたすみれさんは、もうどこにでも行ける蝶ですね」 「でも、私、どこにも行けてないし、行く場所も決めてません」 「ここに来たじゃないですか」  先生は私の空いたおちょこに日本酒を注いで、桜の花を浮かべてくれた。日が沈んだというのに、先生の柔らかい笑顔に残った昼間のひだまりがあたたかい。
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