#あの日の約束

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 ほぼ無意識でやる日常の行為に、思い出そうにも鮮明に記憶を呼び覚ますことはできなかった。布団を叩き、シーツを引きはがし、マットレスをひっくり返し、ベッドも動かして調べてみた。仕事場ではロッカーの中のものを全部取り出して、スマホライトで照らしてくまなく探した。それでも、見つからなかった。 「その指輪はどのようなものですか。形とか、模様とか、材質とか」 「海外ブランドのペアリングです。いたってシンプルな丸みを帯びた形で、模様はありません。材質はプラチナで。あ、裏面に刻印があります。互いのイニシャルと、記念日の日付、1022。購入したのは四年前です」  僕の誕生日が十月二十一日、彼女の誕生日が十月二十三日。間の二十二日を記念日で埋めたかったのだ。婚約記念日であり、結婚の予定日でもある。だけど、店主にそこまで語る必要はないだろう。 「そうですか。ですが、いまひとつイメージしづらいですね。記入用紙の余白に絵を描いていただけませんか」  僕は促されて筆ペンを握るが、どこから描いていいのかわからず迷っていると、写真があることを思い出した。 「これです。二人が指にはめている、これ」  店主にスマホの画像を見せる。プロポーズをした後、フレンチレストランで撮った彼女とのツーショット。二人顔を寄せあい、目の前に掲げた互いの左手。その中指に婚約指輪が白く輝いている。プライベート写真を他人に見せるのは恥ずかしかったが、しかたがない。
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