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憤りと苛立ちと情けなさが体中を駆け巡り、僕は文句を言う気力も返金要求をする気概も失い、無言のまま店を立ち去ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※
迷いにまよったあげく、気が付くと僕はまたここに足を運んでいた。シミだらけの板戸に錆びた取っ手。引き戸に貼られた『失セモノ出ル』の短冊。二週間前に、もう二度と開けることはないと誓った重い扉に力を込める。
「いらっしゃいませ。……ああ、この間の」
若き店主は、二週間前と同じ笑顔で迎えてくれた。
「どうされました。まさか、婚約指輪が見つからなかったとか」
眉根を寄せる店主に、僕は首を横に振った。
「いえ、ありましたよ、指輪」
そう。本当にあった。あんなオカルトまがいのインチキだったとはいえ、確かめずにはいられなかったのだ。家に戻った直後、キッチンを探してみた。コンロ周りには、何も無い。コンロ下の収納棚に入っている鍋やら、皿やら、調味料やらをすべて引っ張り出してみたが、指輪は影も形もなかった。やっぱり、インチキじゃないか。収まりかけた怒りが再燃する。
怒りを鎮めるべく深呼吸をしようとして不意に見上げると、コンロの上のレンジフードに目が留まる。まさかね。
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