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メモは重要だ。人間の記憶力ほど、アテにならないものはない。忘れてしまったらそれまでだ。昨晩惰性で聴いていたラジオの内容だって思い出せない。心が動かず惰性で聴いたものは泡沫のように消えてゆく。そう。感情が絡んだ出来事は、服についたミートソースのシミのように頑固で消えにくいものなのだ。つまり、脳に長く留まらずに消えゆくような出来事は、どうでもいいことなのだ。少なくとも自分にとっては。
「このあいだの約束、忘れてないよな?」
友人にそう言われて、俺はしばらく彫刻のように固まった。
「忘れてないよな?」
再び尋ねてくる友人に対し、俺は眉ひとつ動かさなかった。
「おい、忘れたのか?」
このあいだ…?いつだ?少なくとも昨日や一昨日では無いようだ。
「おい、答えろよ」
いつだ?一週間前か?そもそもコイツに最後に会ったのはいつだったか?
「おい、なんか言えよ」
そもそも、お前の名前、なんだったっけ?そこからだ。
「おい、まさか忘れたわけじゃあないだろうな!」
ああ。忘れた。お前と何処でどうやって知り合ったかも忘れた。誰だお前は!そもそも、ここはどこだ?今は何月で、今何時だ?俺は誰だっけ?わからない。まったく思い出せない。今朝すれ違った白いニャンコのことは覚えている。可愛かった。
毎日惰性で生きていると、何もかもがどうでもよくなり、忘れていく。
「今度の日曜、ラーメン食いに行く約束しただろう?」
思い出した。その一言で、俺の前頭前野が、水を得た魚のように再び機能しはじめた。
「ほら、一杯五千円の高級なラーメン屋!お前のおごりだって言ったよな!」
再び俺は彫刻になった。そんな約束、やはりまったく思い出せない。
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