さっきの雲は、今はもうこの空にはない

3/12
前へ
/12ページ
次へ
◆◇◆◇ 「ねえ、あの雲何に見える?」  私たちはいつもの公園のいつもの芝生の上に寝転んでいた。 「何だろうな、犬かな」 「ええっ、あんな太った犬いないでしょ。どう見ても豚さんじゃない」 「バカ、豚の尻尾は丸まっていると相場が決まっているだろう。あの犬雲の尻尾はフサフサだ」 「へっ? どう見てもフサフサには見えないけれど。碧、センス無さすぎ」  そう言って、碧の方を向いた時に強い視線を感じた。  この前と同じ感じがする。刺すような、射抜くような、決して友好的な視線ではない。 「ねえ、碧。周りに誰か私を睨んでる人いない?」 「はっ、誰が明日香を睨むんだよ。そんな奴いたら、俺がぶん殴ってやるよ」  そう言いながら、あたりに視線を走らせる碧。 「明日香を睨んでいるようなやつは見当たらないな」 「そっか。私が気にし過ぎてるのかな」 「強いて言えば、俺たちを見てるのはあそこにいる野良猫くらいだな」  碧の視線を追うと、そこには全身真っ黒な猫が、確かに私たちの方をじっと見ていた。 「そういえば、最近、ニヤタを見てない気がする」 「ニヤタって明日香の飼っている三毛猫だっけ」 「うん。しばらく見てないな。どうしちゃったんだろう。今、急に思い出したの」 「猫は気まぐれだっていうから、そのうちフラッと現れるんじゃないか」  その日は、二人でニヤタの話をして過ごした。刺すような、射抜くような視線については、すっかり忘れてしまった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加