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あっ!
七海はちょっとした段差に躓きよろけた。
体勢を立て直そうと慌てながら手を振ったので、肩からかけていたバックが落ちてしまう。
「ああ~! やっちゃったぁ……」
ため息をつく。やれやれと思いながらバッグを拾った。確認してみるが、幸いなことに汚れたり傷ついたりはしていない。
転ばなかったのは、運が良いってことですよね、やくそく地蔵さん?
軽く会釈する七海。
閑静な住宅街の片隅にある、ささやかな林。その入り口付近に地蔵は設置されていた。
彼女はその前に立つと、まわりを見て誰もいないのを確認してから、改めて深々と頭を下げる。
私、医大に合格しました。ありがとうございます。
地蔵は黙って微笑んでいた。そう、いつもの笑顔、それが嬉しい。
自宅はここから歩いてすぐだ。今頃、母は夕食の準備中だろう。合格祝いをしてくれるらしい。
お父さん……。
地蔵とその後ろに続く林を見ながら、七海は父を思い出していた。
子供の頃この地域で育ったという父には、よく昔の話を聞かせてもらった。その中で一番印象に残っているのが「やくそく地蔵」のことだ。
「このお地蔵さんの前で約束したことは、必ず果たされるんだよ」
「果たされる?」
「途中で約束が守れなくなるようなことを、なくしてくれるんだ。例えばスポーツとか習い事で一番になると約束したら、ケガをしたり病気になったりしてやめなきゃならないようなことがなくなるらしい。もちろん本人が努力をしなければ一番にはなれないけどね。その、努力ができなくなることを防いでくれる、っていうのかな?」
「ふうん……」
「何でも自分の努力次第。だから、絶対にこうなりたいという目標があるなら、ここでお地蔵さんに聞いてもらって、なりますって約束するんだよ。宣言に近いかもしれないね」
そんな話を聞いたのは、まだ七海が5歳の頃だった。父と2人で買い物に出かけた帰りで、今と同じように夕暮れ時だったことを覚えている。
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