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「ただいま」
玄関を開け、元気に声を張りあげた。
「お帰り。そして、おめでとうっ!」
母がキッチンから顔を出し、嬉しそうに言った。七海以上に大きな声だ。
これは、父の葬儀などが終わり一段落し、2人してたくさん泣いた後に決めたことだった。
挨拶だけでも、元気にしよう。お父さんは、元気な私たちが好きだったから――。
そう言って8歳の七海をしっかりと抱きしめた母は、それから涙を見せたことはない。
もう10年の時が流れたんだ、としみじみ感じた。
テーブルには御馳走が並んでいる。その中にピーマン肉詰めがあり、なんだか可笑しくなった。
「なに笑ってるの?」
「え? う、うん、美味しそうだなぁ、って思ってさ」
「そうでしょ」と胸を張る母。「もういつでも食べられるからね。早く着替えてきなさい」
「はーい」と応えジャケットに手をやったところで、ふと違和感を覚えた。
ポケットが軽い……。
スマホがない。おかしいな、どこかに忘れてきたのかな?
慌てて思い出す。確か、最寄りの駅を出た時にはあったはずだ。ラインを確認した覚えがある。
だとすると帰り道で?
あっ!
思わず息を呑んだ。
やくそく地蔵の前で躓いて……それで落としてしまったのだろう。
「ごめん、お母さん。すぐ戻るから」
バッグをテーブルに置きっ放しにして、玄関へ走る七海。
その後ろ姿を、母がキョトンとした表情で見ていた。
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