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女の子の笑い声がして、三村立夫は目を覚ました。
「なんだなんだ」と首だけ起こし、外に耳を傾けてみる。しかし、一向に女の子の笑い声なんてものは聞こえてこなかった。微かに聞こえてくるのは他のホームレスのいびきだけで、それでようやく夢を見ていたことに彼は気づいた。
ブルーシートと段ボールでできたテントから出ると、三村はぶるりと体を震わせ、白い息を吐いた。寒さに強い方だったが、それでも十二月の夜は彼の大きな体を縮こませた。
自分のテント横の茂みに、三村は立ち小便をした。もう少し歩いた先に河川敷の公衆便所があるが、そこまで足を運ぶのは億劫だった。日中はトイレを使用し、皆が寝付いた夜中はここで小便をするのが彼の主義だった。
「ひゃっ」
三村は小さく跳ねた。冷たい何かが自分のあそこに触れたのだ。湯気が立つ小便から顔を上げてみると、雪が降り出していた。
だがそんなことよりも、三村は「え、え、え」と間抜け声を連発していた。信じられない光景が夜空にあったのだ。まだ寝ぼけているのかと三村は自分の目を擦ってみる。しかし、依然としてそれはあった。
紛れもなく、空を駆けるあれはサンタクロースに他ならなかった。イメージ通り、大きな白い包みも背負っている。しかも二頭のトナカイを先頭に置き、そのトナカイたちが引くソリの上にいるのだ。雪夜のその光景は、三村が前に読んだ絵本を思い出させた。
そういや今日はクリスマスだったのか――
そんな間抜けなことを思っていると、サンタが方向転換し、三村のいる方に向かってきた。かといって下降するわけではなく、高度を保ったまま近づいてきた。
あれ、と思ったのは、もう少しで三村の真上に到達する時だった。サンタがゆらゆらと横に揺れているのだ。そして、そのまま彼の上空を通り過ぎようとする。落ちてきたらどうしようと心配になった時「あっ」と声に出していた。本当に落ちてきたのだ。
三村は慌てて避難しようとした。しかし、まだズボンを下げていたことをすっかり忘れていて、バランスを崩し転倒した。どん、という大きな衝撃音がして、地面から振動が伝わってきた。
三村は立ち上がり、振り返った。さっきまで彼が寝ていたテントは、ぺしゃんこになっていた。その上で、サンタが仰向けの状態でびくびくと痙攣していた。
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