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   三村はズボンを上げ、駆け寄った。壊れた住処の上で悶えるサンタを三村は見下ろした。その恰好をしていなければ仙人に見えそうなその風貌には、痛みからか苦悶の表情を浮かばせている。 「大丈夫ですか?」 「あたたた」  痛みに顔を滲ませながら、サンタは徐に上半身を起こした。それから立ち上がろうとしたが、よろけてしまい、三村は慌てて彼の身体を支えた。その時気づいたのだが、サンタは黒いポシェットを斜め掛けしていた。 「すまんな」  肩を貸し、テント横のブリキ缶にサンタを座らせた。 「いやあ、びっくりした。うっかり居眠りしてたら、気づいたら落っこちてるもんだから」  はっはっ、と喉にタンを絡ませながら笑った。寝ていたのかと三村は苦笑した。 「それに参ったよ。あんたおれのこと見えてるみたいだし、しでかしたなあ。あの透明になるボタン押すの忘れとったんだな……まあでも五時になったらどうせみんな忘れるだろうし、問題ないか」  などと、訳の分からない独り言をぶつぶつと言い、またタンを絡ませていた。 「おじいさん、本物のサンタさんなんですか?」さっきから気になっていたことを訊ねた。 「うん」きっぱり言った。「まあでも、おれ以外にもたくさんいる」  しわがれた声でそう答えると、サンタは自分の白い髭の端を摘まんだ。何をするのかと思えば、びりびりと音を鳴らしながら剥がしていった。付け髭だったのだ。かゆかったらしく、鼻の下をぽりぽり掻くと、サンタは胸元に手を突っ込んだ。その時、胸元にネームプレートが付いていることに三村は気づいた。『柴田』と刻まれている。  胸元からタバコとライターを取り出したサンタは、「いい?」とわかばの箱を、くいっと上げた。三村は色々と困惑していたが、とりあえず頷いた。 「一つ、頼みを聞いてくれんか」煙をふかしながらサンタは言った。 「頼み?」 「うん。なあに、簡単なことだ。あの荷物を届けてくれればいい」  サンタは壊れたテントを指さした。ブルーシートや段ボールの上に、大きな白い袋があった。先程それを背負って空を飛んでいたのを三村は思い出した。 「幸い、あのゴミと包みのおかげで死にはせんかったが、足を怪我したみたいでな。徒歩で行こうにも行けん。そこであんたに頼みたいわけだ」  自分で壊した自覚はないらしく、元々ああなっていたと思っているようだった。 「うーん」  三村は腕を組んだ。代わりに行ってあげたいのは山々だったが、朝の活動に支障がでたら一気に生活が苦しくなる。  逡巡する三村を見てか「それならこれでどうだ。少ししかないが」と赤いズボンのポケットから千円札を出してきた。三村は「えっ!?」と驚いた。 「本当にいいんですか?」 「うん。これで代わりに行ってくれるなら安いもんだ」  このサンタは三村がホームレスだというのを分かっていて、その額を報酬にしたに違いなかったが、彼としては別に構わなかった。千円あれば、パチンコの軍資金になる。今彼の頭の中では、激アツ演出が流れていた。 「わかりました。僕に任せてください」 「よっしゃ」  そう声を出すと、サンタはタバコの火をブーツで消し、黒いポシェットのチャックを開けた。中から出てきたのは、タブレットだった。 「よかった。壊れてなかった」と言いながら画面に顔を近づけ、歳のわりに器用な手つきで画面に指を走らせていた。やがて、「ほい」と端末を渡してきた。 「それがリストだ。とは言っても、あと一人で終わりなんだが」  タブレットには、名簿のような画面が開いていた。住所と名前と玩具とチェックの四つの欄があり、たしかにチェックが付いていないのは残り一つだけのようだった。三村はそこに目を走らせる。  しかしその瞬間、喉に何かが詰まったように息ができなくなった。三村の目を釘付けにしたのは、そこに書かれていた名前だった。  三村小雪――。  彼はさっき見ていた夢をふと思い出していた。女の子の笑い声、昔あれほど耳にしていたのに、どうして気づかなかったのか。  五歳の一人娘の顔が彼の頭に浮かんでいた。
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