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   静まり返った夜の街を自転車で走らせること三十分。三村はタブレットに記載された住所に到着した。画面右上に、三時二十四分と表示されている。  案外近くに住んでいたんだな、と家族が今眠っているはずのそのアパートを眺めた。下宿生が使うような古いアパートだった。前に一緒に住んでいたところよりも家賃が安そうに思えた。  自転車から降り、荷台に乗せてあった布袋に手を伸ばす。縛っていた紐をほどき、肩に担いだ。集めた空き缶を業者に渡す時を思い出し、三村は苦笑した。しかし決定的な違いが、これが空き缶ではなく大きなテディベアであることだった。小雪は昔から人形が好きだったが、今はぬいぐるみにはまっているのもしれない。テディベアと戯れる小雪を想像し、今度は朗笑した。  住所には『102』と記載されていた。二階建てのうち一階に住んでいるようで、三村はそこのドアの前に立った。インターホンに指を近づける。  しかしその途端、鼓動が速くなるのを三村は感じた。さっきまで久しぶりに娘を拝めるかもしれないという期待に胸を膨らませていたのに、それが徐々に萎んでいくのを三村は自覚した。彼が今考えているのは、今更どういう顔をして二人の前に現れればいいか、だった。妻と娘に会うのは一年前、一恵(いちえ)に愛想つかされ小雪と共に出て行かれたきりだった。  逡巡した末、三村は手を下ろした。それから担いでいた袋をドアの前に置き、踵を返した。こんな時間に起こすのも申し訳ない、そう心の中で言い訳し、三村は下を向いて歩き出した。  キキー、と自転車のブレーキ音がした。顔を上げると、アパート入り口のところで自転車に跨った女がいた。その女はこちらを見て呆気に取られている様子だった。  そしてそれは、三村も同じだった。
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