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小雪を寝かしつけた一恵が居間に戻ってきた。壁時計が四時半を示していた。
「そろそろ帰るよ。朝も早いし、一恵も夜勤帰りで疲れてるだろ」
一恵は三村と結婚する前までは看護師として働いていた。二人で暮らすようになってから再開したのだと先程小雪を寝かしつけている時に聞いた。
「あ、うん」
腰を上げ、玄関の方に向かう。既にここに来た時の服に着替えていた。
「あのう……」
勇気を振り絞って三村はその一言を吐いた。
「なに?」
何故か不機嫌を詰め込んだような返しだった。
「もし俺がまともな仕事に就いたら、その時は――」
「馬鹿言わないで」
刺すように一恵は言った。そんな彼女の表情には有無を言わせないものがあった。
「だよな」
そう言って三村はドアノブを捻った。
駐輪場に置いた自分の自転車を取り出し、それに跨る。ペダルに足をかけた時、ドアが開く音がした。振り向くと、一恵が小走りでこちらに向かってきた。
「これ、渡すの忘れてた」
一恵の手のひらに指輪があった。結婚する時に三村が彼女にあげたものだった。三村の結婚指輪はというと、何年か前に失くしていた。
「ああ、うん」
それを受け取り、ポケットに入れた。
「本当にその気なら、また返しに来て」
驚き、一恵の顔を見た。
「もう次はないからね」
依然として不機嫌な態度だったが、それで満足だった。三村は力強く頷いた。
「わかってる。必ず戻ってくる」
ペダルを漕ぎ始める。その力が次第に強くなった。
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