亰都大正あやかし奇譚

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 さむい……さむいよ、おかあさん……。  雪の降る夜、誰もいないあばら屋の中。  どこかへ行ってしまった母親を呼びながら、私は意識を手放そうとしていた。  このまま眠って、起きた時には、きっとお母さんは戻っているはず……。  瞼を閉じかけた時、ふっと頬に温かいものが触れた。  顔を上げる気力もなく、瞳だけ動かしてみる。いつの間に現れたのだろう。そこに誰かがいることには気付いたけれど、目が霞んで顔がよく見えない。 「こんなに小さいのに、可哀想に」  誰かは労るような口調でそう言うと、私の頭をゆっくりと撫でた。 「俺とおいで」  彼の誘いに、私は小さな声で「いか……ない……おかあさんが、ここでまっていなさいって、いったから……」と、答えた。 「だが、放ってはおけない。お前を連れて行こう」  私はもう一度「いかない……」とつぶやいた。  けれど、次に私が目を覚ました時、私はふかふかの布団の中にいて、若い男の人が、心配そうな顔で私を見下ろしていた。 「ああ、良かった。目を覚ましましたね」  私はぼんやりとその人の顔を見上げた。体が重い。  男の人は私の額に手を当てた。 「私があなたを見つけてから、三日が経ちました。その間、ずっと高熱が続いていて、眠り続けていたのですよ」 「ここ……どこ……?」  のろのろと顔を動かすと、青々とした畳が見えた。床の間には、南天の枝が生けられている。私が暮らしていたあばら屋とは似ても似つかない、広い部屋には見覚えがない。 「私の屋敷です。まだ熱があるようですから、ゆっくりお休みなさい」  男の人が、柔らかな手で、私の瞼を覆った。  それはまるで母の手のようで。  安心感に包まれて、私は再び眠りに落ちた。
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