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「ンで、これが十七区のヤーさンから巻き上げてきた山瀬不動産の裏帳簿ってわけさ」
薄暗い会議室のような部屋の中、パンク風の娘が上座に座る男へ封筒を投げ渡した。男は飛んできた封筒を叩き落すようにテーブルへ置くと中身を確認もせず、にこーっと笑う。
「ご苦労様“正義”ちゃん」
素人目にも一見してわかるほど質の良いシャツとベストにパンツ。しかしその配色は正中線を軸に、そして髪も顔すらもまるで道化の如く合わせて白と黒で交互に彩られている。
彼の名は“愚者”。非合法営利組織ArcanaWorksの創設者。市役所からもっとも危険視されている正体不明の怪人。
「“女教皇”ちゃんは?」
「疲れたっつって十七区の隠れ家でアイス食いながら洋物ホラー映画観てンよ」
仲間のひとり“女教皇”は山瀬不動産の裏帳簿強奪の立役者だが、彼女は仲間からの賞賛にも金銭報酬にも関心が無い、アウトロー揃いのArcanaWorksでも特に変人の類いだ。だからこそ彼女のサポート専門で大して活躍したわけでもない“正義”がわざわざ報告に来ているのだ。
「へえー、そりゃ羨ましいや」
本気とも冗談とも知れない彼の返事を聞いて“正義”は苛立ちを煽られたように声を上げる。
「なあ、この件だけどよお。なんでウチでやってンだ?」
「んー? なんで、って?」
“愚者”が白々しく問い返すと“正義”は威嚇するかのように足を振り上げ、分厚いブーツを安っぽい長机に叩き付けた。
「“悪魔”と“審判”まで使って“庶務課”と衝突寸前で山瀬のボンボン拉致ったのもウチだし、帳簿の在り処を吐かせたのもウチならそれを実力行使で分捕ってきたのもウチじゃねえか。これクライアント全部同じだろ? どうせまたそいつからもう続きの仕事も受けてンじゃねえのか? なあおい、ArcanaWorksはいつから誰の使いっ走りになったンだ?」
もしこの場に他の正規メンバーが居たなら。
あるいは“愚者”のお目付け役“犬使い”が居たなら。
“正義”もこんなことは切り出さなかっただろう。
しかし今日に限って不思議なほどに他の正規メンバーも、サポーターも、お目付け役も、示し合わせたように誰ひとりとしてこの場にはいなかったのだ。
「あははー。まあウチは非合法だけど営利組織だからねー。払うって言われればなんでもするさ」
軽薄な彼の言葉に彼女は当然納得しない。
「ハ。金さえ貰えば“市役所”特攻でもやるってのか?」
椅子の背もたれに仰け反って見下し気味に睨み付ける“正義”と貼り付いたような笑みを浮かべる“愚者”。
「オマエの言う“面白い”ってのが小遣い貰って使いっ走りをやることだなンて思ってなかったぜ」
暫しの沈黙。
先に折れたのは“愚者”だった。
「小遣いって額でもないけど……もー怖いなー“正義”ちゃんは。わかったよ、わかったって」
「なにがわかったってンだよ」
眉根を寄せる“正義”に対して“愚者”は薄気味悪いほど朗らかに笑う。
「今からふたりでクライアントに物申しに行こう!」
「……は?」
“正義”があんぐりと口を開けたまま首を傾げた。
「クライアントに、物申しに行こう、だよ?」
「お、おう? いやオマエはなに言ってンだ?」
狼狽え気味に言葉を返す“正義”に対して、“愚者”はそれこそ待ってましたとばかり、にこーっと作り笑いを浮かべた。
「なにって“正義”ちゃんが言い出したんだよ? ああ、だからこそArcanaWorksのリーダーであるボクは従業員の福利厚生の為にもクライアントに一言物申さずにはいられないのさ」
唖然としている“正義”を尻目に椅子を蹴って立ち上がった“愚者”はシャツやメイクと同じようにやはりツートンカラーのジャケットを羽織り山高帽子を被る。
彼は誰もが安らぐような、それでいて誰にも信用されていない笑みを浮かべて続けた。
「さあ“正義”ちゃん、深夜デートと洒落こもうか! ああそうだ、“犬使い”ちゃんには内緒だよ? ボクが怒られちゃうからね」
“正義”は失敗に気付いたがもう遅い。
気に入らない仕事でストレスが溜まったタイミング。
窘める者も咎める者もいないふたりだけの報告会。
“愚者”が折れたのではない。これは意図的に折らされたのだ。
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