15人が本棚に入れています
本棚に追加
「で、その蜂姫ちゃんとやらをどうすんだよ、お前は」
「拷問して従わせるんだよー」
「は?」
「“正義”ちゃん得意でしょ? そういうの」
しれっと言いながら“愚者”は蜂姫と呼ばれた女の肩を押さえると、彼女は無抵抗に自分のソファに腰を下ろした。彼はその手足を存外手際よく結束バンドで固定する。
「はい出来上がり」
「なにが出来上がったってンだよ」
「被害者?」
首を傾げる“愚者”に唾を吐きかけんばかりに舌打ちする“正義”。彼はその様子にひとつ大きく頷く。
「じゃ、始めよっか」
パンッと大きく手を打つと、蜂姫は唐突に自我を取り戻し跳ね上がろうとし、次に一瞬で室内へ視線を巡らせた。
全力で安全の確保から不可能と悟るや即座に全リソースを現状確認へつぎ込む。異常事態に対する耐性が尋常ではなく高い。あるいは訓練された上でここに送り込まれているのか。
“正義”がそんなことを考えている間にも彼女は現状把握を終えて“愚者”を睨み付けた。
「クライアントに歯向かうなんテ、ドういうツもりネ」
“愚者”は意に介さず笑みを浮かべる。
「あれあれ? 御社との取引はぜぇんぶ円滑に完了してるけど、まだクライアント気取りなのなら驚きだねえ。ボクらは非合法営利組織ArcanaWorks。契約が無ければキミはただの他人でしかない。でしょお?」
つまりこの女の組織から続きの仕事は受けていないらしい。“愚者”はわざわざ言ってこなかったが、“正義”の懸念は言いがかりだったと言外に示され彼女は忌々しげに舌打ちする。だったら最初から言えよと。
「ヤマセの裏帳簿がまダでショ!」
「いやいや、裏帳簿は取ってきたともさ。でも取ってこいとは言われたけど持ってこいとは言われてないよねえ。だから今はボクの手元にあるよ。売ってあげようか?」
“正義”もさすがにそんな理屈は通らんだろと心のなかで呆れたが、当然蜂姫も目を吊り上げて怒鳴り散らす。
「くダらない屁理屈ヲ! 鬼子の逸れ者如きが、あまり調子に乗るなヨ」
蜂姫の吐き出したそれが大陸特有の侮蔑語だと“正義”は知らなかったが、まあ雰囲気的にそうなんだろうなとは理解した。そして“愚者”は過たず理解している。
「おおっと、いいのかなー? ぐいずにそんな口きいちゃってさあ」
にたぁと浮かべた笑みの厭らしさときたら。
しかし蜂姫も若い女とはいえこうした社会を生き抜いてきたのだろう。四肢の自由を奪われてなお、奪われたからこそ不敵な笑みを浮かべる。
「それなら鬼子はドうするネ」
「もちろん今から有害無益な拷問をしまーす、はい“正義”ちゃん!」
「まあさっきからそうは言ってたが、マジでやンのか」
蜂姫と“正義”の視線が交錯し、蜂姫が鼻で笑った。
こんな世俗かぶれの小娘が? という彼女の想いはしっかりと伝わっていた。そして見た目で評価されるのは“正義”の最も嫌うところだ。ばっちり彼女の癇に障っていた。
「……いや、気が変わった」
「さっすが“正義”ちゃん、頼りになるぅ!」
「言ってろ。そンで、なにを吐かせりゃいいンだ?」
“愚者”の思惑通りというのも面白くないが、蜂姫を屈服させたいという気持ちは多大にあった。すっかり乗り気になった“正義”への注文はしかし、蜂姫と“正義”どちらの想像も及ばない。
「ごめんなさいって言わせたらそれでいいよ」
「「は?」」
拷問する者とされる者、そのどちらもが同時に疑問を投げかけた。
「いやさあ、ぶっちゃけ別に欲しい情報とかなんにもないんだよねえ!」
“愚者”の言葉も表情も相も変わらず本気なのかふざけているのか判断が難しい。
「だからここで必要なのは格付け。それだけなのさ、実は。だから“正義”ちゃんが蜂姫ちゃんを屈服させれば話はおしまいってワケ」
「オレ、マジでそれだけのために十四区の最深部まで連れてこられたの?」
「そだよ? っていうかキミが望んだんだよねえ? クライアントに物申したいって」
え、そ、そうだっけ? と思っている間にも“愚者”は淡々と続ける。
「だからさー、蜂姫ちゃんに思う存分その想いの丈をぶつけたらいいと思うよ? 大丈夫、最後の責任はどうせボクが持つんだからさあ、ほら、パーッとやっちゃいなって」
「お、おう、そうだな……じゃあ……」
まるで口車に乗るように、“正義”は呟く。
「先月さあ、鍋の貝に中ったのがめちゃくちゃしンどかったンだよなあ……。“八つ当たりの正義執行”」
最初のコメントを投稿しよう!