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意味不明な独り言。
けれどもその刹那から、拘束された蜂姫を強烈な嘔吐感と腹痛が襲った。
「ん、ぐっ!?」
何の前触れもなく上がる体温。容赦なく襲い来る嘔吐感に堪え切れず、しかし吐き出したものは僅かな胃液だけ。
「あー、飯前だったか。そりゃツイてたな。いや、ツイてなかったのか?」
吐くものが無くとも続く苦しみに涙と鼻水で端正な顔をぐしゃぐしゃにしながら空気を求めて喘ぐ蜂姫の肺はしかし思うように動かず、途切れ途切れの呼吸で辛うじて保っているその意識こそ、いつ途切れてもおかしくない。
加えて強烈な腹痛。今にもこの場で全てをひりだしてしまいそうなほどの欲求が瞬く間にその思考の全てを奪い去っていた。
「ねえ“正義”ちゃん、なんか蜂姫ちゃん凄い苦しそうじゃない?」
「ああ、これな。食中りでゲロっちまいそうなのに自分の体調や気分、呼吸と関係なく当時オレがゲロったタイミングで勝手に呼吸が止まンだ。まあキツいわな」
「うへぇ残酷だぁ」
「オマエがやらせてンだよボケ」
全然同情の欠片もなさそうな声でおどけた顔を作ってみせる“愚者”にも強い不快感を持っている“正義”だがこの場で優先順位を間違えたりはしない。蜂姫の下腹に足をのせると爪先を押し込むように体重を掛けた。
「あ゛、が、ぐぁ゛……ぐぅ゛っ」
油汗を浮かべ苦悶の呻きを上げる彼女の目を覗き込みながら“正義”は囁く。
「排泄ってのは呼吸困難と違って苦痛に分類されないらしくてな、“八つ当たりの正義執行”の効果に反映されねえンだ。良かったな、オマエさえ我慢出来りゃこの場で垂れ流しなンてブザマを晒さずに済むンだからよ」
とはいえ当然それで済ませるつもりはない。容赦なく爪先で圧迫しながら続ける。
「ただし、オレが解除しねえ限りその苦しみは二日二晩続くぜ。さっさと泣き入れちまえよ、なあ」
蜂姫は返事の代わりに“正義”の顔へ唾を吐きかけて引き攣り気味に笑みを浮かべる。
「このワタシがっ、腹痛如きデ……媚びるト、デモ?」
「まあそうだよな。大陸の本職さンだし」
“正義”は機嫌を損ねるでもなく淡々と顔を拭い、蜂姫の額に人差し指を当てる。
「せっかくだし古いやつ一回整理しとくか」
言葉と共に蜂姫が震え、仰け反り、呻き、悶え始めた。
「“正義”ちゃん今のは?」
「古い“苦痛”のストックでこまごましたやつを百かそこら纏めて突っ込んだ。五秒刻みで順番に発動してるとこだ」
「こまごましたやつ」
「箪笥の角に小指ぶつけたとか、二日酔いで吐いたとか、階段から転げ落ちたとか。まあいろいろさ。五秒刻みっても前の効果とは重複すっかンな。だんだん地獄になってくぜ?」
「うへぇ残酷だぁ」
「加減間違えて頭バカになっちまったヤツがいてから控えてたンだが」
“正義”は“愚者”から視線を外して蜂姫を見下ろす。
「コイツなら別に壊れても構わねえだろ、なに聞くわけでもねえンだし」
その、憎しみも籠らない無関心そのものの表情を目の当たりにして、蜂姫は初めて“正義”に対して恐怖を覚えた。
一見すると彼女の言葉や態度は非合法組織に所属しているのが不思議なほどに常識的で、口汚くとも態度は穏やかですらある。けれどもそれは、彼女が多くの物事に対して無関心であるがゆえだ。
その関心ごとのほとんどは自分の快不快や損得だけ。今からここで蜂姫がどうなろうと“正義”にとっては本当にどうでもいい。“愚者”に小馬鹿にされるほうがよほど癪に障るのだから。
それからおよそ十分に渡って蜂姫は苦痛を追加され続けた。
食中りに加え、かつて“正義”の経験したあらゆる傷病の苦痛が五秒ごとに襲ってくる。予測はまったく不可能。
小さな痛みなのか、大きな痛みなのか、長いのか、短いのか、どこに受けるのか。息つく暇もなく身構えられない苦痛が迫る不安と恐怖が、猛烈な勢いで蜂姫の精神を削った。
それでも“正義”の付与した苦痛が全て発動し終えたとき、蜂姫はまだ失禁もせず意識を保っていた。しかしその顔は僅かの間に別人のようにやつれ果ててしまっている。
「さっすが本職さンは根性が違うな。やっぱガチめにキツいのをいくつか重ねねえとダメか?」
“正義”は彼女の忍耐力に感心というか、もはや呆れてすらいた。
“八つ当たりの正義執行”は“正義”が経験した苦痛を記録としてストックし他人に付与する超能力だが、ひとつの苦痛は一度使えば消えるので使い過ぎるとストックが無くなりなにも出来なくなってしまう。
“正義”としてはこの無意味な拷問に有事の切り札となるような強い苦痛は使いたくないが、このままではいつまで経っても帰れない。
そうだ、この女をさっさと壊してしまおう。そうすれば“愚者”も大人しく帰るに違いない。
そう結論付けた“正義”が蜂姫を本気で潰そうとした矢先、彼女らふたりの様子をニヤニヤと眺めていた“愚者”が不意に神妙な表情になって口を開いた。
「ねえ“正義”ちゃん。もう、やめない? なんかボク可哀想になってきちゃった」
「オマエってヤツはさあああああああっ!?」
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