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気まぐれの過ぎる“愚者”の口ぶりに“正義”が怒鳴り散らす。
「そもそもオマエが! このためにオレを連れて来て! オマエがやらせてンだろうが! このタコ! モヤシ! ツートンカラー!」
「まあまあ、むしろ“正義”ちゃんの顔がタコみたいだよ。まっかっかで可愛いねえ」
「やかましいわボケが」
「あはははは」
“愚者”がまあまあと宥めるように両手をひらひらと振り、不安げに様子を見守っている蜂姫へと視線を向けた。
「“正義”ちゃんの貴重な切り札をこんな遊びで使うコトないよ。それにさ」
「なンだよ」
「彼女はたぶん待ってるんだよ。誰かビルのなかの、あるいは出払ってた部下が助けに来るとか、それとも来客の予定とかかな? 定時連絡かも。なんにせよある程度具体的な希望があるよね」
ArcanaWorksふたりの視線を受けて蜂姫は無言で視線を落とす。
“愚者”の推論は当たっていた。他所の大組織の支部と折衝に出払っていた手練れの四名がもうじき戻ってくる。彼らは主から借り受けた、ひとりひとりがここに残っていた全員を瞬殺出来るほど暴力に長けた猛者たちだ。
このビルに居た部下たちの安否も気になるが、まずは現状を打破しなくてはどうにもならない。彼らが戻るまでなんとか時間を稼ぐのが蜂姫の打ち出した方針だった。これは“愚者”に看破された今でも変わらない。
しかし、だからこそ。
「それが無力化すれば終わりだからさ」
部屋の扉を開けてゆっくりと入ってきた四人を見た蜂姫の表情は凍り付かざるを得なかった。
「なん、デ……」
「あはははは、顔に出しちゃったねえ?」
しまった、と気付いたときにはもう遅い。
虚ろな表情で帰ってきた猛者たち、さらには安否不明だった部下たちが後ろに付き従って現れる。まるで“愚者”の傀儡のようなその有り様に蜂姫は言葉を失った。
「これでこの拠点の手下は揃ったみたいだね。すぐに切れるカードはもう無いでしょ。君が拷問に耐える理由も無くなったし、遠からず折れるのがわかってる拷問続けても時間の無駄だからね。これ以上“正義”ちゃんの手を煩わせる必要はないよ」
“結局なにが目的なんだよ!”
奇しくも蜂姫と“正義”は同時におなじ思いを抱いていた。しかし“愚者”はお構いなしだ。ふたりの感情に気付いたそぶりもない。
「というわけで、彼らはご覧の通り全員ボクの支配下にある。よほど強い刺激を与えない限りボクの思うがまま。なんでもさせられるってワケさ」
上機嫌の笑顔で己の超能力の一端を解説する“愚者”。
「なん……デモ?」
「そう、なんでもさ。例えばこの場で順番に君を犯させることも出来るよ。どう? 上司として部下の慰労に貢献しちゃうってのは」
「くダらないこトを。性根が下衆だネ」
あくまで反抗的な蜂姫の態度に“愚者”は半笑いで肩を竦め小さな溜息を吐いた。
「冗談だってば。下衆だなんて傷付くなあ、もう。ショックで窓から飛び降りそうだよ」
「そんな度胸もないくせに戯言ヲ」
「うーん手厳しい。けどそうだねその通りさ」
“愚者”は楽しそうに来客用だろうソファに腰掛けてパチンと指を鳴らす。
「だから、飛ぶのは他のひとに頼んでボクは気分だけ味わっておこうかな」
それこそなにを、と蜂姫が口にするより早く、彼女の部下のひとりがふらふらと窓際に立った。
「まさ、カ……やメ」
そのまま窓を開け放ち何事も無かったかのように外へと踏み出して全員の視界から消えた。二秒と待たず水っぽいものが潰れ飛び散る音。
「……ッ! ……こ、この外道! なんテこトヲ!」
“愚者”は蜂姫の悲鳴じみた罵倒をまったく無視して首を傾げる。
「んん……よくわかんなかったかも。ま、いいや。じゃんじゃんいこっか!」
その言葉に従うように男たちは窓へ向けて一列に並んだ。
「や、やめなさイ! やめろお前タチ!!」
それは窓が揺れんばかりの大声だったが、それで目覚めるものはいない。ひとり、またひとりと、外へと踏み出しては消えていく。
「“愚者”! こんなこトをしテなんの意味がアル!? やめさせなさイ! ワタシを拷問すればいいデしょウ!」
「いやいや、女の子を目的も無しに拷問だなんてそんな。ボクにはとても出来ないよ」
答えとも独り言とも取れる呟きを漏らして“愚者”は、にこーっと作ったような笑みを浮かべる。
「ボクの気を逸らしたかったんなら最初の彼が落ちたときにもう少し気の利いた啖呵のひとつも切ればよかったのに、ばっかだなー」
そう言っている間にも部下たちは減っていく。蜂姫は身体を大きく揺すって椅子ごと倒れようと試みたが、豪奢なソファは拘束された彼女の力や重量などものともしない。
「くそ……くソ! こ、ノ! ああア!!」
それでも観念せず手足を引きちぎらんばかりに騒ぎ立てる蜂姫の顎を、これまで黙って眺めていた“正義”が蹴り上げた。
「うるせぇンだよ」
目の前の殺戮になんの感慨もない、“愚者”に命じられたわけでもない。ただうるさかった、それだけの一撃に蜂姫の脳が大きく揺れる。
脳震盪で朦朧とする意識のなか、その揺らぐ視界の先で最後の部下が窓から踏み出した。
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