“愚者”の行進

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 翌日、特に招集や報告があったわけでもないが“正義(ジャスティス)”はいつもの薄暗い会議室のような部屋の中へとやってきた。  しかし“愚者(フール)”はおらず、その席ではいわゆるゴシックロリータで固めた小柄な肢体に無貌の仮面を付けた女がひとり、高そうなノートPCでなにか作業をしている。  お目付け役の“犬使い(ドッグマスター)”だ。  大アルカナを冠する22人の正規メンバーに名を連ねていないにも関わらず実質“愚者(フール)”に匹敵する発言力を持っている彼女は、ArcanaWorks(アルカナワークス)の金庫番であり組織運営の大部分を実質ほぼひとりで担っている。 「なあ“犬使い(ドッグマスター)”、ちょっと話が」 「なあに“正義(ジャスティス)”、昨日のデートの話かしら」 「デ……デ?」  確かに男女ふたりだったとはいえ、あれをデートと言われるのは心外にもほどがある。だが“正義(ジャスティス)”の心情など微塵も介さず彼女は続ける。 「“犬使い(ドッグマスター)”と“猫神(キャッツアイズ)”の目が届かないところなんて、どこにも無いのよ?」 「あ、そう……つか、見てたンなら手ぇ貸せよオマエらはさあ!」  目の前の“犬使い(ドッグマスター)”だけではない、今この瞬間どこかで“猫神(キャッツアイズ)”も見ているに違いない。だからこそ“正義(ジャスティス)”はふたりに向けて怒鳴った。  しかしそれに対してどちらからも直接の回答はない。 「蜂姫(ほうき)ちゃんを相談役に迎えた件についてはもう“愚者(フール)”から理由も聞いてるわ」 「ほーン、じゃあオレにも納得いく説明を聞かせてくれンだろうな?」  嫌味ったらしく言った“正義(ジャスティス)”の言葉に“犬使い(ドッグマスター)”は億劫げに視線を上げた。 「ばっかじゃないの。あるわけないでしょそんなもの」 「はあ!?」 「見た目が好みだったんですって。それだけよ」 「見た、目?」 「そうよ見た目。華奢な肢体に挑戦的な目付きの美形が好みなんですって」 「マジかよ……」 「ま、嘘ではないにせよ、本音のところは違うでしょうね」  愕然とした“正義(ジャスティス)”の呟きにこともなげに“犬使い(ドッグマスター)”が返す。 「どうせまた“隠者(ハーミット)”と悪だくみでもしてるんだわ。そうでないといくらなんでももの」 「なにがだよ」 「蜂姫(ほうき)ちゃんの上役は大陸じゃちょっと名の通った大物なの。ブラックドッグも偽名みたいなものね。まあ、全然隠す気無さそうだけど。そんな男がそれなりの腹心を送り込んで立てた支部をたったふたりで壊滅させられて、その腹心だけを生かして相談役に迎えたいなんて地元のチンピラに提案されて。言うほうもだけど許すほうも大概だと思わない?」 「まあふたりってか実質アイツひとりでやったンだけどな。確かにそりゃあ出来過ぎてっか……」 「でもそこが実は裏で繋がってる、なんて可能性があるとは思えない。“愚者(フール)”があの性格だもの」 「そりゃまあ、そうだな」  この世に身内以外で“愚者(フール)”とまともに取引しようなんてヤツがいるとは“正義(ジャスティス)”にはとても思えない。たぶんあの世にだっていないだろう。 「考えられるのは暗黙の利害の一致。“愚者(フール)”はArcanaWorks(アルカナワークス)として蜂姫(ほうき)ちゃんの利用方法を考えてる。逆にブラックドッグはウチに蜂姫(ほうき)ちゃんを置いておくメリットを見出してる。だとすると昨日のアレはあっちへの実力アピールだった可能性もあるわね」 「なるほどなー」  だんだん聞くのもめんどくさくなって話半分になっていた“正義(ジャスティス)”が生返事のあと、ふと思い出したように続ける。 「じゃあなンでそれが昨日で、オレを連れてったンだろ」 「それは簡単ね。理由はふたつ。ひとつは請け負った仕事が終わったから。とはいえゴネて素直に渡さなかったそうだけど」 「ああ、それな。ひでぇ話だったがどうなったンだ? 結局」 「私から蜂姫(ほうき)ちゃんに渡したわよ。上司さんに宜しくお伝えくださいってレア銘柄の大吟醸に最高級のカラスミまで添えてね」  “犬使い(ドッグマスター)”も苦労しているらしい。吐き出した溜息からは若干の疲れが滲んでいる。 「そりゃごくろーさン。で、もうひとつは?」 「単にあなたが軽率だったからよ“正義(ジャスティス)”。タイミングなんかいつでも良かったの。本来予定されてた帳簿の受け渡しのときでも、次の仕事の依頼があったときでも、いつでもね。ただあなたがちょうど都合よく“愚者(フール)”にブラックドッグファミリアへの不満をぶちまけた」 「ええと、それって」 「自業自得ってことよ」 「いやいや、オレなンも悪くなくね?」 「あのね楼良(ろうら)ちゃん」  不意に親しげに呼びかけた“犬使い(ドッグマスター)”に、しかし彼女は露骨な嫌悪を示す。 「ここで名前呼ぶのは止めてくれよ」 「ん……失言だったわ“正義(ジャスティス)”。とにかく、あいつに利用されたくないのなら余計なことは喋らないようになさいな。は愚かではあっても、決して馬鹿ではないのだから」  その言葉に“正義(ジャスティス)”はしばし沈黙して、大きな溜息で区切りを付けた。 「へいへいわかったよわかりましたって」  この件は自分の軽率さが火元だった、という形で纏められてしまったものの、最後まで納得のいかない“正義(ジャスティス)”だった。
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