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披露宴の後、桐生と莉玖は結婚式場の近くの居酒屋で飲み直すことにした。創作料理の店で、莉玖の友達が経営している店なのだという。
自分の知らないところで、莉玖の交友関係が広がっているのだと思うと、桐生は不思議な気持ちになった。
しかし二次会にも誘われていたのだろうに、自分を優先してくれたことは何だか嬉しかった。
通された席は、間接照明のみの落ち着いた個室。雰囲気は悪くない。こんな店があったとは知らなかった。
「よく来る店?」
「あぁ。たまに。」
莉玖はペラペラとメニューをめくった。
「なぁ桐生、何食いたい?めっちゃうまそう。」
そう言う莉玖の顔は高校生の時そのままで、学校帰りに駅前のファミレスで過ごした時間を思い出す。
桐生は思わず吹き出した。
「え、何?」
「何でもない。」
とりあえず生ビールと、おすすめと書かれた料理を何品か頼むことにした。
「でもホント久しぶりだよな。最初式場で見た時、すぐにはわかんなかったわ。」
桐生がおしぼりで手を拭きながら言う。
「え、マジ。俺は声かけられた時すぐにわかったけどな。」
莉玖が、ふふっと笑った。
「桐生、相変わらずかっこいいし。」
その言葉に、桐生の胸がざわつく。
先に運ばれてきた生ビールで乾杯すると、2人ともジョッキの半分を一気に飲んだ。こんなふうに酒を酌み交わすことになるとは、あの頃は考えもしなかった。
「莉玖は今、仕事は?」
ジョッキの水滴を指で拭いながら、桐生が尋ねる。
「教師だよ。中学校の。」
「へー。すごいじゃん、先生。どぉ?」
「うーん。…しんどい。」
莉玖が、自分の手元を見ながら言った。
「生徒たち平気で校則破るし、イジメとかもあるしさ。夜中に遊び歩いてたりもするんだぜ。その度、警察から呼び出されるし見回りとかもしなきゃなんないし。」
はぁっと、ため息をつく。
「しかも今3年生受け持ってるから受験問題だよな。ピリピリしてるわ。」
そこまで言うと、残っているビールを飲み干して店員を呼ぶボタンを押した。
「え、桐生は?何の会社?」
そう聞いてくる莉玖の顔は、すでに少し赤い。
「あー、俺は…。」
披露宴での祝辞の際、会社名は紹介されたが、何をしている会社なのかまでは説明されていないことに気づいた。
「薬の卸しの会社。病院とか薬局とかに配達したり営業したり。」
そう言うと、莉玖が身を乗り出してきた。
「営業!?すごいな。でも桐生ならチョロいだろ。」
「そんなことねぇわ。毎日頭ばっか下げてさ。一昨日も大きな契約切られて上司からすげー怒られたし。新しい薬も次々に出てくるから勉強も追いつかないし、頭パンパン。」
桐生は天井を仰いで、はぁっとため息をついた。
「なかなかうまくいかねぇの。」
「そっか」と、莉玖が呟く。
料理が運ばれてきて、テーブルの上に並べられていく。2人は無言でその様子を眺めた。
大人になったんだな、と思った。俺たち。
お互い仕事をしていて悩みもあって、まぁまぁ上手くいかない。
自分たちが無敵だと思っていた高校時代が懐かしい。
あの頃は、あの世界が全てだった。
もう戻れない。
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