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「勉強してると、なんだか口寂しくなるよなあ」
伸びをしながら敦弘が呟いたのは、私の部屋でノートを広げてから、三十分くらい経過した頃だ。
「脳の働きには糖分が必要で、甘いものが不足すると集中力が切れるのよ」
この流れならば、糖分補給という名目で手作りチョコを渡せそうだ。私は自分の鞄に手を伸ばしたが……。
「そういう理屈なのか。一応こんなもの持ってきたけど、一緒に食べるか?」
敦弘に先を越されてしまった。彼の鞄から出てきたのは、綺麗にラッピングされた薄い小箱。形状から考えてチョコレートだ。
なんてデリカシーのない男! 女の子と二人きりの時に、他の女からのバレンタインチョコを持ち出すなんて!
少しムッとして、つい嫌味を口にしてしまう。
「ふーん。あっくん、案外モテるんだね。誰からのプレゼントかしら?」
「違うぞ、ちゃんと自分で買ったぞ」
「はあ? 自分で?」
「さっき言っただろ。よめと食べるつもりで用意した、って」
意味がわからない。
私が困惑を顔に浮かべると、彼は照れ臭そうに笑った。
「毎年毎年よめからチョコもらうの、なんだか悪い気がしてさ。ほら、バレンタインのチョコって、愛の告白っぽい意味あるだろ? でも俺たちの関係って、それとは違うから……」
顔には出さないよう努力したけれど、泣き喚きたい気持ちだった。
やっぱり敦弘は私のこと、女の子として見ていないんだ!
ここまで言われたら、もう一緒にいるのも辛い。目も耳も閉じたいくらいだが、彼の言葉は聞き流せなかった。
「……いっそのこと、アメリカ式のバレンタインはどうだろう、って思ってさ。あっちじゃ男が渡す側で、しかも既に付き合ってる同士で渡すって話じゃないか。その方が俺たちに相応しいだろ?」
強烈な違和感のある言葉。つい聞き返してしまう。
「既に付き合ってる、って……。どういう意味?」
「おいおい、何を今さら……。小さい頃俺が『よめちゃんと結婚する!』って言ったら、お前『うん!』って言っただろ。あれから俺たち、別れてないよな?」
ああ、敦弘はそういう認識だったのか。
ならば恋愛のドキドキがない関係も、熟年夫婦みたいな距離感だったのか。
どうやら鈍感な幼馴染は私の方だったらしい。
(「幼馴染は鈍感で」完)
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