カブトムシの箱

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俺たちは成人式のあとの二次会が終わった後、四人だけで俺の家に来ていた。  家に成人祝としてもらった高い酒があるからみんなで飲もうと誘ったのだ。久しぶりに友人たちとゆっくり話したかったというのもある。  すると、他の三人も成人祝でもらったものが家に余っているというので持ち寄ることにしたのだ。  テーブルの上にもらったワイン、色んな銘柄のワインを小瓶に入れたものをみんなに渡す。別所が持ってきたのは小分けにされたローストビーフ。加藤は高級チーズで、土井は缶詰のセットを持ってきていたのでテーブルの上に並べる。 「じゃあ、再開を祝って乾杯しますか」  ワインを手にとって小さく打ち合わせた。 「それにしても本当に久しぶりだな。卒業式以来か?」  別所がワインを口に運びながら言う。 「そうだな。みんな県外の大学に進学や就職したりで忙しかったからな」 「確かにねー」  俺が言うと加藤が同意する。 「違うでしょ」  土井だけが声を低くして言った。 「何を言って」 「アミちゃんが自殺したから避けてたんだよね」  土井が言った言葉に全員の顔が引きつった。そうなのだ。俺たちはアミと特に仲がよかったグループだったのだ。  誰とでも仲良くしていたアミだったが、なぜか俺たちのグループと仲良くするのを好んでいた。それを羨ましがられるのは正直優越感があったことを覚えている。  あの卒業式の日、卒業式が終わって家に帰るホーム。卒業式帰りで多くの人がいたあの場所でアミは電車に飛び込んだ。あの光景は生涯忘れることはないだろう。 「どうして自殺なんかしたんだろうねアミは……」  自分の皿に載せられたローストビーフを一つ口に運び、遠い目をしながら加藤がつぶやいた。そう。俺たちはその理由が知りたかった。 「なにか悩みがあったのかも知れねぇ。俺たちはアミを助けてやれなかった。力になれなかった。友達だったのに」  別所が拳を強く握って悔しそうに言った。そう。俺たちはアミを助けられなかったという罪悪感を抱えて生きてきた。 「アミちゃんは僕たちに悩みを話してくれなかった。話してくれたら力になれたかも知れないのに。頼ってくれなかった……」  土井が悲しそうにつぶやく。そう。俺たちは頼ってくれなかったアミに寂しさを感じていた。 「あの卒業式の一週間前、みんなでアミのバイト先にいった時のことを覚えているか?」  全員がうなずく。保育士になりたいと言っていたアミは知り合いのつてを使って保育園の手伝いのバイトをしていた。将来の勉強にもなるからと言って。 「一度、みんなで保育園に遊びにきなよ。子供可愛いよ」  アミに誘われて一度アミの働いている保育園にみんなで言った。そこでアミは子供たちと元気に遊び周り楽しそうにしていた。ここでもアミの人懐っこさと明るい性格が役に立っていたのだろう。  アミは子どもたちに好かれていたし、保育士さん達にも好かれているようだった。男の子を迎えにきた父親にも適切に対応していて見知らぬ大人にもしっかりと対応しているその社交性の高さに俺はやっぱりアミは凄い子だと思っていた。 「アミは本当に保育士になりたがってた。俺は天職だったと思うよ。なれていたらだけど。あの時にアミは将来のことを語っていたし悩みもあるようには見えなかった。自殺をする要素なんて俺にはまったくわからなかった」  その日は本当にそう思っていた。アミが自殺した理由は俺にはまったく予想がつかなった。ただ一つ、気になっていたのは卒業式の日にアミが俺だけに言った言葉。 「成人式の朝、君のところに私から手紙が届くから必ず見てね。約束」  当時はまったく意味がわからなかったけれど、俺は承諾した。そして、アミが自殺した後、俺には一つの考えが浮かんだ。成人式の日に届く手紙というのはアミの遺書ではないのかと。  なぜ、そんな回りくどいことをしたのかはわからない。しかし、一度そう考えるとそれが正しい考えだとしか思えなくなった。そして、俺は成人式の日を指折り数えた。  そして、今日。それは届いた。そして、想像通りそれはアミの遺書で願いだった。なぜ、俺のもとにだけアミの遺書が届いたのか。その理由は単純だ。他の三人は知らないだろうが、俺はアミと恋人同士だった。    だから、こそ遺書を俺に託したのだろう。だから、俺は彼女の意思を受け継がなければならない。 あの日の約束を守るために。 「なぁ。アミの自殺を理由を考えてみようぜ?」  別所が突然言った。俺は拳を強く握る。 「みんなずっと気になっているんだろ? 俺は気になってる」 「確かにね。気になってないと言ったら嘘になるよ」 「僕も」  三人がうなずいて俺を見る。 「もちろん。俺だって気になってるさ。いいよ。一度みんなで話してみよう。誰か心当たりがあるやつはいるか?」  自分でいいながら白々しいとおもう。俺はもうその自殺の理由を知っているのだ。遺書に書かれていたのだから。それでもみんなの意見には興味があった。土井がおそるおそる手を挙げる。 「アミちゃんは明るい性格だった。あんまり人付き合いが得意じゃない僕みたいな人間にも明るく話しかけてくれたから。でも、それと同時に奥ゆかしく自分の気持を心の中に押し込める人間でもあったんだと思う」  膝を抱えるようにしてぼそぼそと話し続ける。 「保育園で働いている時、子どもたちと一緒に遊んでいたけど、子どもたちは結構好き放題やっていたよね。怪我しそうな行動はさすがに注意していたけど、アミちゃんの服をめくろうとしたり困らせてかまってもらおうとしていた子供がたくさんいた。子供らしい行動といえばそれまでだけど、子供相手にも自分が我慢すれば相手が喜ぶようなことなら、彼女は口に出さない子だったんだよ。僕はそう思った。  みんなが知っているかわからないけど、彼女、僕の両親が出資している病院によく通っていたみたいなんだ。どこか体調が悪かったらしい。入院が必要かもしれないって言う状態だったらしい。それ以上はさすがに医者も教えてくれなかったけどね。だから、彼女は命に関わるような病気を患っていたのかも知れない。そして、それを自分の心の中に押し込めていたんじゃないかな。そのことを周囲に知られると気を使わせちゃうからって。そして、卒業の日。もう周囲に気を使わなくて良くなったから死を選んだ。僕はそう考えてるよ」  普段喋らない長い言葉を話したからか、土井が大きく息を吐いた後、眼の前に置かれていたチーズを一つ取って食べる。俺たちは顔を見合わせる。アミが病院に通っていただって? そんなことは俺も知らなかった。しかし、土井の親が病院を経営しているのは本当だし、その伝手を使えば調べることはできるだろう。それに土井が嘘をついているとも思えなかった。 「実は俺も気になっていることがあるんだよね」  加藤が土井に続くように言う。 「アミの家ってお母さんが亡くなってて、お父さんと弟の三人暮らしだったよね。実はお父さんの勤めていた会社の経営が当時思わしくなくて、保育園のバイト以外にもバイトをしていたみたいなんだ。ほら、俺って女の子にモテるじゃない」  突然の自慢に俺たちが睨みつけると「違う違う」と両手を振って否定する。 「当時、高校以外にも大学生とか社会人の女の人にも友達がいたんだよね。俺。女の人たちのネットワークって怖くてさ。色んな人の噂が飛び交ってて、そんな噂が俺の耳にも入ってきてたんだよ。そんな噂の中でアミがホステスとして働いてるっていう噂があったんだ。    俺はそんな噂信じてなかったんだけど、俺たちアミと仲が良かったじゃない。だから、俺にアミの悪い噂を流してくる女の子っていっぱいいたから、それもそんな噂だって思ってた。でも、保育園に行った日、あの子供を迎えにきた父親への態度を見て、本当かもって思ったんだ。  だって、アミはあの父親に対して艶っぽい表情をしてたんだ。一瞬だったから多分みんなは気がついてなかったと思うけど。でも、年上の男の人に慣れてるんだって俺はわかった。でも、すぐに後悔したような顔になっていつもの態度に戻った。だから思ったんだアミは本当にそういうところで働いていて、そんな自分が嫌いだったんじゃないかって。  そんな自分に耐えられなくなったのかあの卒業式の日だったんじゃないかな。将来に向けて笑っているみんなと自分の違いに愕然としたんだと思う。だから衝動的に飛び込んでしまったんじゃないのかな」  自嘲的に薄く笑って加藤は言葉を切った。
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