さくら雪

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さくら雪

 大きな桜の木──。 cbc21def-46e8-4e94-a09d-f3cb50f394d0  ちょうど満開を過ぎた頃。  風もないのにハラハラと舞い落ちた花びらが白い絨毯を作り出していた。  どこからか流れてくるトランペットの音色。  やわらかな、春の陽射し。  そして、その陽射しに照らされてゆったりと風に揺れる雪のような白色が目に沁みる。 (なんだかあの日に戻ったようだわ⋯⋯)  風の心地良さにうっとりしながらユキは校庭の片隅で呟いた。 「よし」  気合いを入れると園芸用のスコップを桜の大木の根元を掘り返しはじめる。  10年前、幼なじみのシンと二人で埋めた瓶を掘り出すためだ。  あの日、満開のこの桜の木の下で。  ユキはシンと一緒に土まみれになっていた真とここにタイムカプセルを埋めた。  その後。  シンは突然この町から姿を消した。  一番の仲良しだったユキにサヨナラを告げることもなく。  シンの一家は慌てた様子で何処へ行くとも告げず、この町を去っていったのだ。 「⋯⋯シンの嘘つき」  思わずユキの口から恨み言が漏れた。  10年前、この桜の木の下で。  シンはユキに約束をした。 『僕はずっとユキの傍にいるよ──』  母を亡くしたばかりのユキにシンは優しくユキの背中を撫でながら、そう言ったのだ。 「やっぱり私との約束なんか忘れちゃったのかな⋯⋯」  ザク、ザク⋯⋯とユキは花びら混じりの乾いた腐葉土に銀色のスコップを突き立てた。  10年前の卒業式の日に二人で埋めたガラス瓶はさほど苦労することなく掘り当てることができた。  錆びつき、ザラザラとした蓋をユキは注意深く回す。  中から現れたのは、見覚えのある文具店のロゴが印刷されたファンシーな包み紙。  それは確かに10年前、二人で入れたものだった。 「⋯⋯え?」  包み紙を開くと、そこに入っていたのは──黄ばんだ無地の封筒だった。 「なんで⋯⋯?」  そこには卒業式の寄せ書きメッセージが入っているはずだったのだ。  それを見ながら10年後にここで二人で同窓会をしようね、とユキはシンと約束していた。 「ヤダ! 一体誰がこんなイタズラ⋯⋯」  ひょっとして、誰かが先に見つけて勝手に開けてしまったのだろうか。  ユキは憤慨しながら封筒を開けた。 『ここから上を見上げ、輝く星を見よ』  そこにはそう書いてあった。  ユキはキラキラとこぼれる木漏れ日に目を細めながら、大木を見上げた。  真上の張り出した枝に☆型の傷が刻まれているのが見える。 「⋯⋯あっ」  星の中にはS7E8の文字が読み取ることができた。  それはかつて、二人でよく使っていた暗号だった。  宝探しは走るとすぐに息切れをしてしまう身体の弱いシンのお気に入りの遊びだ。 「南に7歩、東に8歩」  指示通りの場所をユキは夢中になって掘り始めた。  程なくスコップが探り当てたものは同じ形の瓶だった。  中には卒業式の寄せ書きが丸めて入れられている。  ユキは瓶の中に再び無地の封筒を見つけ、震える手でそれを開けた。 『ユキへ。  君がこれを見つけたっていうことは、僕はそこには行けなかったってことだね。  ユキ、君から突然はなれてしまって本当にごめん。  卒業式の後、進行性の疾患を抱える僕にドナーが海外で見つかったという連絡が入って急いで渡航しなくては行けなかったんだ。  この手術の成功率は10パーセントを切るんだって。  これを書いている間も隣の部屋で僕の母さんは泣きっぱなしだよ。  とにかく、ユキとの約束を二つも破ってしまって⋯⋯本当にごめん。  10年後にここで会うこと、ずっと一緒に居ると言ったこと。  嘘つきな僕を許して欲しい。  でも、僕はユキから離れることで未来へ可能性をかけたかったんだ。  この手術が成功したら、本当に君の傍にずっといることが出来るかもしれない。10年後にここへ来ることが出来るかもしれないって。  だから。  ささやかだけど、せめて君と一緒に居られるように精一杯の贈り物をここに託します。  ユキ、大好きだよ』  手紙と一緒に入っていたのは、10年前にユキが欲しがっていた雪の結晶をあしらったペンダントだった。  当時流行ったドラマで使用されていて、雪の妖精が願いを叶えてくれると評判になっていたものだ。  10年前、二人で埋めたタイムカプセルの瓶をシンはこの町を出る時にこれを買って埋め直したのだろう。  もし、手術が成功したら。  この瓶を二人で開けることが出来るかもしれないと願って……。 「⋯⋯シン」  桜の花びらが雪のように舞い散りはじめた。  視界が白く染まる。  ユキは本当に雪が降っているようだと思った。  もうすぐ、日が暮れる。  純白の花びらが黄金色に輝いた。 「⋯⋯ユキ!」  微かに金色の風の向こうからユキを呼ぶ声がした。 「なんとか、間に合ったな」  いつの間にかユキの背後に優しげな表情をした青年が立っていた。 「⋯⋯もしかして、シン⋯⋯なの?」  ユキは喘ぐように言った。  青年はゆっくりとうなづいた。 「飛行機が遅れてしまって⋯⋯遅くなってごめんね」  夕陽が10年前の面影を残すシンの顔をまだらに照らし出した。 「ううん。約束、守ってくれてありがとう──」  ユキの泣き笑いの表情が雪の花の中で輝いた。
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