番外編 中野の夜 航大のキモチ その五

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番外編 中野の夜 航大のキモチ その五

翌日起きたらすでに昼近くだった。ベーコンエッグとトーストを作り、遅い朝と昼ご飯の代わりにした。あまりの料理の手際のよさに美穂が感激していたので、「いい主夫になれるだろ?」と言ったら、大ウケしてくれた。 午後、どこかに行こうかと提案してみたが、今日は寒そうだから出たくないと美穂は言った。自ら提案してはみたものの、もっと美穂に触れていたかったから、そう言ってくれて嬉しかった。 だから、持っていた昔のデュカプリオの映画のDVDをみることにした。すると美穂は、実はこの間の映画デートはお腹が空きすぎて上の空だったと告白した。 こんな他愛もないことでも一緒に笑い転げ、そんなエピソードを披露する美穂をすごく愛おしく感じた。 そしてこの時、もやもやした疑問の答えがはっきりとわかった気がした。なぜ美穂と居ると、昔の自分に引き戻されるのかが。ああ、オレは美穂にまじで恋をしてるんだ。あまりに久しぶりな感情で、気づくのに時間がかかってしまったんだ。 いつが最後の恋だったんだろう。いつの頃から、自分に気がありそうな女の中から、容姿と話が合うぐらいのところで適当に選んでいた。で、大抵の女が付き合ってくれたけど、オレがそれほど本気じゃないから、いつのまにか終わっていったような気がする。後腐れがなさそうな子を自然と選んでいた。 「美穂...」 「うん?」 「いや、何でもない...」 美穂を抱き寄せ、甘い口づけを交わした。 こんな感じで過ごすうちに、気づくともう外は暗くなってきていた。十一月も終わりに近づき、日の暮れるのがかなり早い。 名残惜しいけれど、明日は二人とも仕事だから、今晩は中野か新宿辺りで食事してから別れよう。 その前にもう一度、と思って美穂をみつめると、恥ずかしそうにはしていたが同じことを考えているのが何となく伝わって、ベッドに誘って再び体を重ねた。 甘美な時間の後、ダメ元で、お風呂に一緒に入ることを提案してみた。すると美穂は、意外にもすごく喜んでOKしてくれた。シャワーを浴びたとき、バスタブが大きくていいなぁと思ったそうだ。美穂の部屋のバスタブは、単身者用でもっと小さいとか。 昨日ちゃんとバスタブまで磨いといてよかった。まさかできないと思っていたことが、こんなに早く実現するとは思わなかった。           * 結局、昼ごはんがかなり少なかったわりに、ある意味運動量は多かったから、すっごくお腹が空いたということで、ネットで検索してから、中野駅の南口にあるちょっと良さそうな焼肉屋に入った。 トングでカルビをひっくり返している間も、本人を目の前にして、ついさっきまで自分の腕の中にいた美穂のことを考えていた。湯船の中で、美穂のなすがままにまかせて、うかつにもまたすっかりその気になってしまったのだが、今日は大丈夫だからと言って、美穂はそのまま受け入れてくれた。バスルームに反響する美穂の声が、いつまでも耳について離れない。 たった一日で、こんなにも心を奪われてしまうなんて、全く予想していなかった。 駅の改札で美穂と別れるとき、思わず抱き寄せてキスをした。夜の駅前の雑踏の中での抱擁なんて、いい歳して恥ずかしいと思ったが、抑えることができなかった。 「じゃ、また。バイバイ」というと、美穂も「バイバイ」といって、改札に入って行った。 ホームへの階段へと曲がるところで、美穂は振り返って軽くペコっとお辞儀をした。 見えなくなるまで美穂を見ていた。次はいつ会えるだろうか。来週はもう十二月になる。週末もいろいろと予定が目白押しだ。           * 帰り道、ふと思い出してブロードウェイの古本屋に寄った。昨日美穂が見ていた画集がなぜか気になったのだ。 棚の奥のほうに進むと、昨日は気づかなかったが、そこは成人向けの漫画が置かれているところだった。 美穂が見ていた本はすぐに見つかった。かなり大判だったのと、美穂が棚に戻そうとした時にふと見えた、表紙の着物の女性のイラストを覚えていたからだ。 手にとって、まず裏返して値段をみてみた。一万二千円とはけっこうな値段だ。名前をみても知らなかったが、きっと著名な作家のものに違いない。 ゆっくりと本を開いた。そこには極めて精緻で、美しい女性の裸体が描かれており、官能的な絵の一部には、いわゆるSM的なものも含まれていた。ベッドに縛られて、いかにも男を誘っているような目をした女の絵をみたとき、夕べの美穂の目がシンクロした。 本を閉じ、美穂に買ってあげたらどんな顔をするだろうかと一瞬思ったが、思い直して棚に戻した。いつか買う日が来るかもしれないが、今じゃなくてもいいだろう。また、特にSM的趣味はなかったが、美穂がもし望むなら、そういう趣向もいいような気もしてきた。 でも、今日のことを考えると、案外縛られるのは自分のほうかもしれない。 ちょうど家に帰り着いたとき、電車の中の美穂からLINEが入った。 『いろいろと受け止めてくれて ありがとう』 『こちらこそ、ありがとう。次、いつ会えるかな?』 番外編 航大のキモチ 完
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