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その三 親友
「でさぁ、その後、家にちょうど着いたあたりでLINEが鳴ったわけよ。『楽しかったです。またぜひご一緒しましょう』だって、きゃは!」
美穂は顔がにやけるのが自分でもわかりながら、大学の同級生だった伊勢崎美沙子とビデオ通話していた。
画面の中の美沙子は、さっきから高そうなフランス製の美容クリームを塗りたくり、懸命に顔面マッサージをしながら話を聞いている。よくそんな顔他人に見せられるなぁと思いながらも、まぁわたしもよくやっているかと考え直した。
二人の交遊関係は大学一年の時からだからすでに十三年にもなる。タブーもなく、あらゆることを話してきた間柄で、周囲からはイセエビコンビと呼ばれていた。
「で、イケメンって誰みたい? てか、名前教えて。インスタかFacebook探してみるわ」
「えっ? やだなぁ。まいっか。外資系とかだと普通に上げてるよね。わたしも見てみる」
二人はそれぞれのスマホの画面を切り替えて、検索しながらLINEでビデオ通話を続けた。
古市航大のFacebookは非公開になっていたため、プロフィール画面しか見られなかったが、どこかのマラソン大会に出た時のものなのか、万歳してゴールインしている写真が上がっていた。その写真の選び方を見ても、カッコいいなと美穂はあらためて感心した。
「うひょ。マジかなりのイケメンだね。あれあれ、誰だっけ、クラスにいたお調子者の、格好いいだけで中身が空っぽだったやつ。あいつに似てない?」
「ああ、山崎正人のこと? ひどい、あんな奴より数倍イケメンだよ。だいたい古市さん、百八十五センチはあるよね」
美穂は背の高さをちょっとだけ盛って言った。
「でも、そんなイケメンのエリートが美穂のこと気に入るなんて、なんか騙されてるんじゃないの? 大丈夫?」
「わたしもちょっとおかしいかなって思わなくもないけど。一緒に行ってた合コン仲間の子たち、みんな単純に見た目だけならわたしより綺麗な子ばっかだし」
「会社の同僚だっけ?」
「うん。同僚は一人だけで、あとの二人はその短大時代の同級生」
「そんな中から美穂を選んだんだ」
「まあでも、昨日は他の子たちもそれぞれいい感じになってたよ。その後どうなったかは知らないけど」
「みんな同じような連中なの?」
「だね。なんとかコンサルっていう長ったらしい名前の同じ会社。ただ一人はイギリス人だった。ハーフとかじゃなくてホンマもんの外人さん」
「まじ? 受けるわぁそれ。外国人も合コンする時代なんだねぇ」
美沙子は心底感心するような声を出した。
美沙子は横浜にある中高一貫の私立の女子高で国語教師をやっている。大学卒業してすぐに採用されたので、もうすぐ十年になる中堅教師だ。
「わたしも合コン参加したいなぁ。次回はわたしも誘ってもらえない?」
「何言ってるのよ。小林さんはどうしたのよ? 最近話聞かないけど」
美穂は、美沙子が学生時代から交際している一個上の先輩の名前を出した。彼らは美穂が知っている限り、二回別れて、二回よりを戻して今に至っている。
「うーん。なんかねぇ…ここひと月会ってないんだよね」
「また何かあったの?」
美穂はいつもの痴話げんかだと思い、軽い感じで聞いてみた。美沙子はもうずっと前から、先輩からのプロポーズを待っているのだ。
「てかさ、先月お父さんが倒れちゃったんだよね。先輩の」
予想外の話の展開に、美穂はどう答えていいかわからなくなった。
「お父さんっていくつぐらい?」
親が元気でなくなるとか、まだまだ先のこととしか思えないので、美穂は勝手に高齢なんだろうと思って質問した。
しかし、「六十。脳梗塞なんだよね」と聞いて、自分の父親よりも若くてショックを受けた。
「まあ、一命は取り留めたんだけど、半身麻痺が残っちゃったらしくて、介護してるお母さんの手伝いに、先輩、週末は宇都宮に帰ってるんだ」
小林先輩は東京の大手ゼネコンに勤めていて、確か品川あたりに住んでいる。先輩も美沙子も多忙だから、週末以外に会える時間はないはずだ。
親友だと思っている美沙子に、何か気のきいたことを言ってあげたいと思ったが、美穂はあまりにもその手の事態に慣れていなくて、言葉を探してしまっていた。
「ごめん、せっかく楽しい話してたのに」
美沙子は続けた。
「なんかねぇ、わたしたちも正念場にきたのかなって最近思うんだよね。いつまでもグダグダと好きとか嫌いとかって言ってられない年齢になってきたのかなって」
美穂はなんだか自分のことを言われているような気持ちになった。グダグダした関係ならわたしと大輔も同じだ。
「ごめんね美穂、こんな話。でも、話せるのは美穂だけだからさ。誰にもまだ言ってないんだ…まあ先輩とは連絡は取ってるから、逆にちょっと絆は強まってるような気もするんだよ」
美穂には、美沙子の言葉がすごく大人びているように感じた。
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