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それから数日後の、お昼休み。
私は素早く昼食を済ませると、図書室に向かった。読みたい本があるのだ。人影のまばらな本棚をまわり、目当ての本を見つける。高校の図書室は、中学校の時と比べて、2倍は蔵書数が多い。それが嬉しくて、つい、長居をしてしまいたくなる。
卒業するまでこれでもか、というくらい、本を借りて借りて、借りまくるつもりだ。
図書室からの帰り、私は機嫌よく廊下を歩いていた。すると、教室側の壁に凭れて立つ相川を見かけた。明るい髪の間から覗く、相川の耳には白いワイヤレスイヤホンが入っている。こちらに気づいていないようだ。
特に話すこともないので、そのまま素通りすることにする。私の手には、先ほど図書室で借りてきた『ゲド戦記』がある。最近、古いファンタジーにまたはまっていて、読み直しているのだ。休み時間中に、ちょっと読みたかった。
相川の前に差しかかる。しかし、その時、
「……」
私の行く手に、長い足という不快な障害物が現れた。
すごくイラッとしたけど、正直、予感はしていた。相川は足を引っかけるとか、そういう子供じみたいたずらが好きなのだ。今までに一体何度、これをやられたことか。初めは躓いたり、避けて通ったりもした。でも今は。
私は、私の邪魔をする相川の無駄に長い足を、振り子の要領で蹴飛ばした。
「いてっ」
相川が小さく声を上げる。
そう。今は蹴る一択である。
「乱暴だな。怪我したらどうするんだよ。バスケ部エースの、この俺の大事な足を」
私に蹴られたふくらはぎを大袈裟に擦りながら、相川がぼやく。
そんなに力は、込めてないし。
相川の隣に移動して、私も壁にもたれた。滑らかなコンクリートの壁はひんやりとしていて、自然と背筋が伸びる。
「先に仕掛けてきたの、そっち。でも相川ってエースだったっけ?」
「おう。西高校の得点王とは、俺様のことだ」
相川が片方だけ、イヤホンを外す。
「えぇ……。何か違った気がする。んー、」
私はおぼろげな記憶を、手探りで掻き分けはじめた。
絶対に聞いたことがある。相川ではない、三年生、だったはず。二メートルはあるんじゃないかってくらい、背が高くて。腕も長くて。顔は、ちょっと判らない。時々、表彰もされてる、バスケ部の、そうだ、主将だ!名前は……。
パチッと電気が点くように、ついに思い出した。
「三島先輩!エースって、三島先輩じゃない?プロからも声がかかってるって噂、聞いたことがある」
私の声が弾む。こうやって思い出せると、頭がすっきりして気持ちが良い。
「青は知らないと思ったんだけどなあ」
心底残念そうに、相川は睫毛にかかってきた髪を指で払った。ツヤツヤした明るい髪が、さらりと揺れる。
「え」
「人の名前覚えるの苦手だろ、青は。クラスメートの名前もかなり怪しいって、知ってるぞ。全く、二年になって二ヶ月も過ぎてるのに」
「そんなことない。覚えている」
私はきっぱりと断言した。すると、明らかに信じていない様子で、相川が口の片側だけ吊り上げて笑う。
失礼な。クラスメートの名前くらい、名字ならなんとか、多分。きっと覚えている、はず。
「何聞いているの」
私の質問に答える代わりに、外していたイヤホンがつき出される。持ってみると、小さくて随分と軽い。
普段、特に音楽を聴かないので、ワイヤレスイヤホンを使ったことがない。
まあ、物は試しだよね。
私はイヤホンを装着してみた。
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