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 会話が途切れた。相川と私は壁にもたれ、二人並んで廊下を眺めている。  肩をぶつけ合うようにして、ケラケラ笑いながら走り去る男子たち。近くの教室から響く、生徒のざわめき。片耳に流れる静かな音楽。私たちにしか聞こえない音楽。    二人で並んで、ただ音楽を聴いているだけなのに。なぜだか、落ち着く。相川もそう思っているだろうか。……そうだといいな。  隣を見る。すると、相川はこちらに頭を近づけて、私の借りてきた本をじっと観察していた。  あれ、興味あるのかな。  本を渡してみる。受け取って本を開いた相川は、ぱらぱらー、とページを捲った。ページが進むにつれて、だんだんと相川の表情が曇っていく。そして、ぱたんと本を閉じると、辛そうに眉を寄せて目頭を押さえた。  「うう、字、細か。よく読めるな」    「慣れてるからね」  私は肩をすくめた。  活字中毒という程ではないけど、割と本を読むほうだと思う。休み時間とか、通学電車とか、暇さえあれば本を開く。ぎっしりと密集する文字を見慣れているので、今まで、文字が細かいとか、ページ数が多いとか、感じたことがない。  「そうだ。今度、おれに読み聞かせてくれよ」  真顔で相川が言う。あまり面白くない冗談だ。  「おーい、相川っ」  大柄な男子がずんずんと、こちらに近づいてくる。制服の、ズボンの裾が、砂ぼこりで白く汚れている。  「サッカーやらね。人数足りねえんだ」  「いや、おれは」  「相川―!」  今度は女子が三人でやって来た。おそらく、別のグラスの女子だ。三人とも嬉しそうに、くすくす笑っては、相川を上目遣いで窺う。  「こんな所にいた」  「一緒にお菓子、食べようよ」  相川の周りに、人が集まって来る。とてもよく見かける光景だ。男女問わずたくさんの友達がいる相川は、しょっちゅう色んな人から、遊びや付き合いに誘われている。皆、相川と一緒にいたいのだ。  「早く行かねーと、試合ができねえ。邪魔すんな」  大柄な男子が、強気な態度で女子たちを睨む。  「数合わせなら、誰だっていいじゃん」  「私たちは、絶対に相川がいいの」  「邪魔なのはそっち!」  女子三人も、負けじと言い返す。どっちが相川を連れていくか、言い合いが始まった。  「終わり、だな」  言い合いのさなか、相川がポツリと呟いて、片耳だけのイヤホンを外した。  相川の性格と社交性の高さからすると、ここで音楽を聴き続けはしない。サッカーかお菓子か、どちらかの誘いに乗るだろう。と言うより、ついていかないと、ここでずっと大騒ぎをされかねない。それでは、うるさくて音楽鑑賞どころではなくなる。  人気者も大変なんだな。  私はどうやら、哀れみの表情を浮かべてしまったようだ。相川の手が煩わしげに、私の額を軽く叩いた。      
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