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 パンツが光り輝いた。狭い室内に白光が満ちて何も見えなるほどで、思わず腕で目元を覆った。  光は一瞬だった。いったい何事かとおそるおそる腕をどけると――それがいた。 「おめでとうございます!」  言い放ったのは女だった。流したような金髪に、色艶豊かな白い肌。  世の男女の九割九分が美人と評すであろう優れた美貌。  映画に出てくるエルフが着ているような白い衣から見え隠れする豊満な肢体。  その姿はまさに天女か、あるいは―― 「はじめまして。私は幸運の女神。そしてあなたは選ばれたのです!」  挨拶、名乗り、選ばれた――自称女神はひと息に言い切った。 「……は?」  理解が追い付かない。当然だ。  パンツが光り、次の瞬間には女神とやらが目の前に、そして自分は何かに選ばれたらしい。  何が何だかわからない。わかってたまるか。 「あ、その顔は何を言っているかわからないって感じですね。正直者でとてもよろしい」  正直だろうと嘘つきだろうと、聖人だろうと悪人だろうと、この状況では皆が自分と同じ顔をするだろう、きっと。 「あー、わからない以前に、その、女神って?」 「私のことです。繰り返しますが私は幸運の女神なのです!」  自称女神がエッヘンと胸を張る。たわわな果実がゆさゆさと揺れた。眼福眼福、じゃない。 「……お帰りください」  未だパンツの上に立ったままの女神を、廊下先にある玄関へと行くように促す。が、女神は微動だにしない。 「あ、信じていませんね。何だこいつ訳のわからないこと言いやがってと思ってますね、貴方」 「はいその通りです」  心情そのまま波打たぬ声で淡々と言うが、自称女神はめげる様子がない。 「別に信じなくとも構いません。天は貴方を見初めたのです!」  満面の笑みを浮かべながら、羽ばたくように両手を広げる自称女神。その拍子に、またもや果実が揺れ動いた。 「この世に生まれて三十年。けれどもこれまで色恋を知らずひとり寂しく生きてきましたね、そうですよね! その通りですよね! 貴方!」 「神々しい笑顔で人の心を抉るのはやめていただけませんか」  紛れもない事実故に否定のしようがないものの、こうまで面と向かって堂々と人様の悲しい過去について言及されると、さすがに心が痛むというものである。  それ以前に、この自称女神は自分の過去をなぜ知っているのだろうか。 「というか、なぜそのことをご存知で?」 「言ったでしょう。私は女神。貴方のことくらいピンからキリまでまるっとお見通しです」  ビシッと音がしそうな勢いで右ひとさし指を差し向けて、その勢いのままさらに続ける。 「そんな貴方に、天は機会を与えたのです。私の出す試練を乗り越えれば、貴方は生涯をともにできる運命の女性と出会えるのです。どうです、素敵でしょう!」  素敵でしょう、素敵じゃろ、素敵だと言え。眼力からそんな声が聞こえてくるようだ。  だがしかし、運命の女性などと言われてときめく心など、あいにく自分は持ち合わせていない。きっとどこかに忘れてきたか捨ててきた。 「いや、別に会わんでもいいし。試練とかなんかめんどくさそうだし」  率直な感想を申し述べると、自称女神の笑みが少しだけ暗くなったように見え、そして、 「……死にます」 「は?」 「会わなければ死にます。雷に打たれて死にます」  待て待て、いきなり物騒なこと言い出したぞこのぼんきゅっぼんは。 「……冗談ですよね?」  言った瞬間、窓の外に稲光がきらめき、わずかの後に雷鳴がとどろいた。  ニコニコと笑っている自称女神をよそに、窓を開けて外を見る。  さっきまで雲ひとつない青空が広がっていたのに、今は真っ黒い雲が天を覆い、しかもそれらがこちらへ押し迫ってくるようにも見えた。  こりゃあ洗濯は中止だな、などと考えている場合ではない。 「……運命の女性とはどこに?」 「この世界のどこかに」 「もう少し具体的に」 「それは秘密です。それを探すのが試練なのです」 「日本国内だよね?」 「さぁ、どうでしょう」  それはつまり地球上のどこかということか。山の向こう海の向こう、絶海の孤島砂漠の真ん中ジャングルの奥地、果ては南極北極もありということか。 「……あの、やっぱりやりたくな」 「やらなければ死にます。小指大の隕石が頭に直撃して死にます」  言った瞬間、スマホから聴き慣れぬ警告音が鳴り響いた。  ニコニコと笑っている自称女神をよそにスマホを手に取る  画面には、『緊急速報。地球の直近を流星群が通過。各国政府は落下軌道のものがないか至急調査中』と表示されていた。  なんだ急に珍しいなぁなんでかなぁ、などと考えている場合ではない。 「わかった、わかりました、やりますから」  どうにも納得いかないが、これまでの状況からして白旗を上げる以外に手段がない。 「ようやくわかってもらえましたか。理解が得られて感無量です」  自称――いやもう自称は外そう――女神が、さも嬉しそうにうんうんと頷いた。 「で、どこにいるかわからないのにどうやって探せばよいと?」 「簡単です。このパンツを頭にかぶれば、運命の女性がいる方向へ光の筋が現れるのです」  足元に落ちていたパンツを拾い上げ、ばっとかざして宣言する女神。 「頭に、かぶる?」 「ええそうです」  一縷の望みをかけて再確認したが、どうやら聞き間違いではなかったようだ。 「…………………………他の方法は?」 「その方法じゃないと死に」 「待った! 道端で女性物のパンツかぶったりしたら社会的に死ぬから! 試練どころじゃなくなるから!」  白昼堂々女性物のパンツを被って徘徊して逮捕。調べに対し男は『これをしないと死ぬ』と意味不明の供述をしている模様。そんなニュースが流れる光景が容易に想像できてしまう。 「頼むから別の方法で。もう少し穏便というか目立たない方法でお願いします」  なぜこんなことを必死こいて懇願しなきゃならんのだと心の内で嘆きながら、女神に座して許しを請う。 「もぅ、仕方ないですねぇ」  女神は腕を組んでしばらくうんうんと悩んだ末に、ぽんと手を叩いて鳴らした。 「では手に握りしめるだけでよいことにしましょう」  ――通るのかよ。 「さて、それでは参りましょう。試練の旅へ!」  差し出されるパンツへ恐々と手を伸ばし、そっと受け取る。  握りしめれば光の筋が現れる。  ええいままよと、柔らかみのある生地をギュッと握る。  パンツが一瞬パッと輝き、その光が一筋に収束し、玄関の方をまっすぐに指し示した。  すなわち、北を。
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