約束現象

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 その後、色々な人と約束現象を試した結果、得られた情報は次の通りだった。  ・約束とは、エジプトに行くことである。  意味が分からない。 「意味が分からねえ」  口に出ていた。  そこは機内で、まさしく飛行機が離陸する、その瞬間だった。ちょうどエジプトで学会が開かれ、そこに招待されていた矢田に同伴する形で、僕もエジプトに行くことになったのだ――エジプトにヒントが隠されているのかもしれない、と言う矢田の意見には賛成だし、エジプトに行くことで約束が疑似的に果たされ、その結果この現象が止まるというのであればこれ以上ない対処法と言えた。  ちなみに同伴者は久井さん。なんてことはない。矢田と一緒に学会に招待されていただけの話だ。 「エジプトの人口は一億に百三十二万人で、うち外国人は四十九万人。観光スポットとしてはピラミッドやスフィンクス、カルナック神殿などがあり、なかでもおススメのカルナック神殿にはスカラベの像があって、この像を五周すると願いが叶うという話が……」 「……久井さん」 「なんですか、井上さん」 「パンフレットを朗読しながら抱きつかないでください」 「嫌です」  機内で久井さんは、僕にぴったりと抱きついたままだった。これも約束現象によるものだと思うと罪悪感が半端ない。朗読については不明だが、あとできちんと謝ろう。  成田からカイロまで、十四時間のフライトを終えて辿りついた僕は、人生で初めてエジプトの大地に足を踏み入れた。 「ここがエジプトか……」 「井上はここに来るのは初めてか? いいとこだよ。スフィンクスもいるし。」 「観光目的なら最高だろうよ」  街は比較的にぎわっていた。市場で果実を売る若者や、野菜を担いで渡る男性。東京の喧騒とはまた違った騒がしさがそこにはあった。そのまま歩いていると、ふと、虫の造形をした置物を持った男性に話しかけられる。 「〇△×□!」 「矢田、なんて言ってるんだ?」 「『これは縁結びの彫像だよ!』……まあ土産物の宣伝だな」 「△□××〇□!」 「ええと、この人は?」 「『この茶色い果物は安くてうまいよ』、だとよ。マズそうだけど。」 「△△×□□××〇」 「この女性は?」 「『あの約束覚えていてくれたのね、井上さん』だ――って、ええ⁉」  あっという間に、矢田と久井さんの姿が見えなくなった。いいや、ふたりが消えたわけじゃない。僕がさっきの女性に引っ張られているのだ。めちゃくちゃに強い力で、強引に。 「うわ、ちょ、助けて矢田!」 「井上――!」 「矢田―!」  僕の身体は勢いよく人込みを掻き分けて進んでいく。その女性は僕のことをそのまま背負うと、すでに配置してあったタクシーに放りこんだ。動揺するタクシー運転手をビンタすると、運転席を強奪してアクセルを踏み込む。 「سرعة كاملة(フルスロットルだ!)」 「ひい!」  バオンッ! とエンジンが鳴って、タクシーは勢いよく走り出す。果物市場を破壊して、石を踏み砕き、慌てふためく人々をものともせず突き進む。トタンの家を跳ね飛ばし、石垣を破壊してまっすぐに進む。背後からサイレン。振り向くとそれは警察車両だった。 「マジか……嘘だろ」 「سرعة كاملة(これを使え)」 「おい、なんだよこれ」 「يمكنك معرفة ما إذا كنت تنظر. مسدس.(見れば分かるだろ、銃だ)」 「そういうことを言ってるんじゃ」  ダン! と銃声がして、後ろのガラスが割れる。手にした拳銃は映画やドラマで見るよりもずっと重かった。 「くっそ……やるしかないのか⁉」 「حبيبي ، دعنا نذهب(ベイビー、レッツゴーだ)」 「もう!」  女性はハンドルを思い切り切ると、車を横向きにする。僕は小さく開いたガラスから銃口の先を出す。  目視。  目線。  呼吸。  酸素。  微動。  弾倉。  鼓動。  誘引。  破裂音が、続けて二発。  前輪二つに穴の開いた警察車両はその場で回転しながら、横に倒れる形で停止した。後続車両もそれが邪魔になって動けない。 「أليس هذا للمرة الأولى؟(へっ、初めてにしてはやるじゃねえか)」 「もはや誰だよ……」 「اسمي هو(俺の名は)」  と、そのとき。  タンっ――と音が鳴った。  女性はだらりと頭を垂れる。首筋には何か注射針のようなものが刺さっていた。 「大丈夫か?」  男の声がした。矢田ではない。けれど日本語だ。 「大丈夫です、助かりました。あなたは?」  男はその表情をぴくりとも動かさず、淡泊に答える。 「警察だ。」
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