コレクター

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超獣(ちょうじゅう) 超獣とは世界各地に生息している大型化した生物の全ての族称です。現在おおよそ数百種に登る超獣が確認されており、最も大きな種であればその体長は20mをゆうに超えます。どの種もその性格は獰猛であり、人間の生活圏はこの超獣に追いやられた形で狭めることとなりました。一体何が原因で地球に超獣たちが生まれたのか。そして、なぜそのような生物的進化を遂げたのか。我々人類にはそれを探求すべき事柄ではないでしょうか?なぜなら我々の生活に直結するのですから。 この図鑑は現在分かっている範囲で超獣たちの特徴を記しております。少しでも人類の生活の役に立つようにと願って。                     ——超獣図鑑 前書きより—— パタンと、ユルトは読んでいた超獣図鑑を閉じた。 店の前を通る往来の人の数は相変わらず賑やかで、このガヤガヤとした街「オウムガイ」の商店街の端で少年ユルトは座って店番をしていた。 父親が腰を痛めてしまい、小さいながらに旅人たちの相手をしているのだ。 ここ「オウムガイ」は王都「ヤルアラシル」への道中にある比較的大きな交流の街である。 そのおかげで旅人や商人たちの休息の地となっており、王都へ向けた流通の要衝となっていたため大変な賑わいを見せていた。 ユルトの父もそういった恩恵を受け、お店を繁盛させていた。 「おーい、ヤジャの実はあるかい?」 「はーい、ヤジャの実ですね。400タルです」 元気な声で受け答えをするユルト。 そんなわけで、ユルトは座っているだけでも、十分客足が途絶えることは無かった。 「今日も客が絶えないなぁ。ありがたいことだねー」 店の前でユルトは腰に手を当てて、オウムガイの空を見上げた。 オウムガイは大きな街である。 南北に長く伸びており、どちらにも大きな門がある。 北の門から続く道を歩けば、二日ほどで王都に着くというかたちである。 街全体は大きな城壁で囲まれており、城郭都市となっている。 この時代の大きな都市は大なり小なりの城壁を持っている。 だが、オウムガイは王都に次ぐ高さを誇る、丈夫な城壁だと市長が自慢をしていた。 門には常に門番として衛兵がおり、街の外側、2・3km先には見張り番がいる。 門の開閉時間は常に決まっている。 さらに、南門は鉄でできており、高さは20mを有する。 あまりの門の大きさに、オウムガイを訪れる旅人たちはいつも感嘆するのだという。 中に住んでいるユルトには分からないことであった。 「ふぅー。さあ今日も頑張りますかー」 🦖 普段開くはずのない時間に、南門が衛兵たちの手によって開けられた。 そうして、門を開けたところには男たちの集団が着いていた。 一眼見ただけで、ただの商人集団ではなさそうであった。 彼らは狩人たちである。 長い旅で擦り切れたボロ服を纏い、馬車も随分と年季が入ってわいた。 しかし、見た目とはうってかわり、全員の目は鋭く隙のない相貌であった。 まさに歴戦の強者たちである。 馬車や彼らの格好に禍々しさを感じるし、何より大きな銃火器が一つ積まれている。 全員武器を携帯しており、身体中に傷のあとがあった。 狩人たちは超獣から人々を守るガーディアンとして身銭を稼いでいる。 各地で旅をしながら、その街を一定期間超獣たちから守り報酬を得るのである。 今、オウムガイの前に着いた狩人たちは巷で有名な「レゾンティ」たちであった。 彼らは各地の街を守り、その名声をあげてきた。 そして、ついに王都に招待されて王様に謁見することになったという。 「やあ、やあ。レゾンティの皆さん。長旅でお疲れでしょう。街で一番の宿を用意しております。今日は皆様を歓迎いたしますので、ゆっくりと楽しんでください」 オウムガイの市長が歓迎の意を示す挨拶をした。 レゾンティたちは無愛想なままにお互いを見合い、下品な笑い顔をしていた。 「なんだよ全く。態度の悪い奴らだな。この街のことなめてんのかね?」 ユルトはレゾンティたちを遠くから眺めながらそう思った。 本当は、どれほどの勇者たちかと期待をしていたところもあったのだ。 実を言うとユルトは小さな頃に旅をする狩人に憧れを抱いていた。 しかし、父親が病気がちである為、店のことを放っておくわけにはいかなくなり、いつしか憧れを心の奥底にしまったのだった。 レゾンティ中の一人の少年とユルトは目があった。 目つきが鋭く幼さは無いが、年の頃あいはユルトとあまり変わらないように見えた。 すると、彼はユルトを少し眺めた後に意地悪そうに笑って宿の中に消えていった。 「なんだ! アイツ。バカにしやがって」 ユルトは小馬鹿にされてような気がして、脳みそに血が上ってしまった。 小さなころ、ユルトは一度だけ狩人と話をしたことがあった。 旅の途中で父の道具屋に入り、必要な道具を買い揃えて出ていったが、夜の酒場でたまたま父と同席をすることになってそのまま家に飲みに来たのだ。 随分と酔っ払っていたが、それでも旅の話はどれも魅力的であった。 道具屋である父の目利きも随分と褒めていた気もする。 彼と父の交友は長く続いたそうだ。 父が言うにはどこかの街で超獣に喰い殺されたとのことだった。 それ以来、ユルトの淡い憧れを察知してか、父は狩人のことを悪く言うようになり、なんとかして店を継がせようとしていたのであった。 そんな憧れを同じような子供がやり遂げていることに、胸の奥にじくじくと逆剥けが剥がれるような痛さを感じ、ユルトはそれを怒りと捉えてしまうしかなかったのだった。 🦖 「あはは。さすがは王都に近い街だ。食べ物はうまい、酒は高級、女は綺麗だし満足だよ市長!」 宿に入るとレゾンティたちは、すぐに宴会を開始した。 「いえいえ。レゾンティの皆さんがこうやって我が町にいるだけで安心感がとてもあります。今や地球上のどこに住んでいても超獣どものせいで、安心などは無いのですからね。その点、今日は街のみんなは安心して寝ることができますよ」 「わはは! その通りだ。我々がいると言うことは、地球で一番安全ということだ」 ヒゲの生えたレゾンティのリーダー格であるお頭がそう嘯いた。 「おい、チック! お前は飲むなよ!」 他の狩人が、レンゾンティ最年少の彼にそう命令をした。 チックは返事をせずに、運ばれたジュースに口をつけた。 言われなくてもそうするよ、とチックは思う。 だいたい馬鹿騒ぎは好きじゃない。 それに酔うと反射速度が落ちる。 狩人として致命的だと思うのだ。 「あらぁ。この子可愛いわね」 とその場に居た女性の一人が近寄って来た。 こういう場に居る女性は苦手だ。 直ぐに子供扱いをする。両肩に手を乗せようとしてきたので 「触るな」 となるべく冷たい声で言ってやったが、案の定笑って気にしない。 まったく。 それにしてもお頭たちは、毎回、毎回新しい街に来るたんびにこうやって飲み明かしていて、よくもまあ飽きないものだな。 そもそも俺たちは言う程、街を守れてはいない。 本当のところ、まぐれで巨大種を一度倒し、それが噂で広まったのがきっかけで周辺の街での扱いが変わっただけだった。 あの巨大種を狩った時だって、たまたま俺が奴の目玉を射抜け、怯んだところを全員で死にものぐるい倒しただけだ。 こんな俺らに貢ぐ街の奴らもバカだ。 噂だけで浪費をするなんて。 「し……市長!! ちょ……超獣が来ます!」 突如、宴会の席に衛兵であろう男が走りこんできた。 表情は悲壮に蒼くて右肩から赤い血が滴っていた。 「ヤルバランです!!」 ヤルバラン。それは最大種の超獣である。 全長は20m近くになり、それでいて獰猛かつ凶暴な性格であり、街に現れたら全員が避難をするレベルであった。 ヤルバランが現れた街はある程度の被害を覚悟しなければならないだろう。 「な……なんと……」 開いた口を塞ぐことができなくなった市長をよそに、狩人たちの顔が引き締まったのが分かった。 そして同時に冷酷な焔が目の奥に揺らめいた。 「ちっ。よりによってアイツか……」 お頭は酒ビンをテーブルに叩きつけた。 「まあ、ビビるなよ。そういうのは士気が下がっちまう」 その後、周りに目配せをした。 なるほど、トンズラというわけか。とチックは感じた。 ある程度戦ってから逃げるのだろう。 悪くない。なにせ相手はヤルバランだ。 全員が防具と武器を装備して戦闘体制になり、街の門へと向かった。 🦖 街中はパニック状態に陥っていた。 衛兵によるあの第一報のあと、民衆にも自警団が避難を呼びかけた。 誰もが家財の中で重要なものだけをピックアップして逃げ惑い始めてた。 門は固く閉ざされていたが、すぐにでも破壊されるかもしれないのだ。 高い城壁を無視して、超獣というのは入り込んで暴れまわるという。 ここ数年、オウムガイにこれほどの緊張が走ったことはなかった。 ユルトも父に言われていた通り、家財道具の中で一番重要なものを大きめのリュックに入れた。 「あの、すみません」 銀縁メガネをかけた線の細い男がぼうっと佇んでいて、ユルトに声をかけてきた。 「はい? ごめんなさい。非常事態です。もうお店は一旦閉めますので、あなたも早くお逃げください」 その男はやけに落ち着いているように見えた。 とはいえ、こちらはそれどころじゃない。 丁寧な言葉で応えたが、逃支度で焦っているので早口になってしまった。 「あ、いや、今詰め込んでいる商品の中に『ルルリロの葉』がありましたよね? それ僕に売ってくださいません? いくらでも出しますから」 「いや、いくらなんでもこのタイミングはやめてください。お客さん!」 すると、近くでワッと歓声があがった。 目の前をレゾンティ達が武装した状態で駆け抜けて行ったからだ。 僕も民衆も含めて、否が応でも期待が高まる。 彼らがこの街を護ってくれるのではないかと。 民衆の期待など歯牙にもかけずに、彼らは南門を抜けて外へと出て行く。 衛兵や自警団が後に続こうとしたが、リーダーらしき男が後ろを振り向いて何かを言伝たようた。 そして、レゾンティ達だけが外に出て行った。 衛兵や自警団は敬意を示して大きな声で鬨をあげた。 「頼む! レゾンティ様!」 「どうかお救いください!」 「ああ、彼らに神のご加護があらんことを!」 民衆たちは悲痛な願いを彼らに託した。 あの同年代の少年も走って出ていった。ユルトはぞくっと感じた。 似たような年齢であろう僕は、街のことなど考えもせずに逃げようとしているのに、彼は最大種の超獣と闘おうとしている。 彼の目線は門の外にだけに向けられていて、つまり前だけを向いていて、僕はただそれを目で追いかけるだけだったのだ。 彼は今どんな気持ちなのだろうかと想像をする。 それを推し量ることができないほど、自分と彼には大きな隔たりがあるのかもしれないな。 だとしたら、今日笑われたのは当然なのかもしれない。 「あー、不味い急がなきゃ。傷つけられる。ちょっと、道具屋さん、すみませんが勝手にもらっていきますね。お金は払いますんで。」 「え?」 そう言うと、まだ店の前に居た銀縁メガネの男は『ルルリロの葉』を勝手にユルトの袋から取り出してそそくさと出て行ってしまった。 「ちょっと! お客さん! どさくさに紛れて何やってんだ!」 どんと、重みのある袋が店に置かれた。 「それ、お代ね。ちょっと多めだからそれで許して。じゃ! 急いでるんで。」 「はあ! それがどれだけ高級なのか知ってんのかよ!」 火事場泥棒かよ。ふざけんじゃないよ。 うちで一番高級な道具持って行きやがって。 しかもあるだけ全部かよ。 一枚手に入れるのにどれほど苦労するか知らないんじゃないのかと怒りが沸々と出てくる。 「あ、そうだった。ねえ、君。お父さんに言っておいてよ。相変わらず素敵な品揃えですね。って」 そう言うとメガネの男は目を細めて笑顔で去っていった。 ユルトが捕まえようとしたが、するっと抜けて民衆の海の中に消えてしまった。 ユルトは呆然と立ち尽くしていた。 『相変わらず』だって? ふざけた客だ。 ルルリロの葉は父が仕入れてきたものだった。 この界隈の森の奥深くにあるルルリロと呼ばれる大樹の葉で、その中でも幼葉を選んで採ってくる。 ルルリロの葉は特定の工程をとれば、特殊なアルコールを作ることができるらしい。 この幼葉にしか出せないものらしく、とても希少な成分なのである。 さらに採取には危険が伴うもので、おかげで市場に出回る量が極端に少ないのだ。 父は時折、護衛を雇ってまで採りに行ったりもしていた。 「くそ! それどころじゃない。とにかく逃げなきゃ!」 ルルリロの葉の代金と思わしき、小汚い袋を掴んだら思っていたよりも重かった。 中身をそっと覗くと大量の金貨が入っていた。 「……んなっ、馬鹿な……」 とてもうちが1日で稼げる金額じゃなかった。 「早く逃げろ。もう見えるところまで来ているらしいぞ!」 「街で用意している地下房へ逃げろ! 女子供が優先だ! 後ろから押すんじゃないぞ!」 「いいか! 地下坊には十分な広さがある! こんな時のために用意していたんだ。絶対に慌てるな!」 自警団が住民たちを避難させる為に大声を張り上げていた。 ユルトはその声の方向ではなく、あのお客が消えた先を見ていた。 「アイツは何者なんだろうか……」 🦖 後ろでオウムガイの巨大な南門が閉まる音が聞こえた。 そして体感でわかるほどの地響きが前からくる。 砂煙が舞っていた。 時速にして55km。ヤルバランの平地での速度だそうだ。 チックは身震いをした。 もちろん、恐怖でだ。 どれほど超獣と激闘をしてきた狩人たちも、ヤルバランを目撃したら気づかれないように逃げろという暗黙のルールがあるそうだ。 ヤルバランはこの地上の王である。 「いいか! 最初の一撃でアイツの速度を落とす。火薬を大量に入れろよ。爆発で周りが砂煙になるようにするんだ。それから無人の馬車をヤツにぶつけろ! 俺らはその瞬間に散開だ!」 緊迫したお頭の言葉がどっか遠くで聞こえていた。命が小さくなっていくのを感じた。 それと同時に全身を少し遠くから見ているような気持ちになる。 チックは思っていた以上に冷静な自分に気づく。 これがゾーンかもしれない。仲間全員の委細な行動を感じることができた。 馬車が死地に向かって猛進する中、自分の瞬きの音さえ聞こえそうであった。 ヤルバランは我々を見つけその歩幅を緩めた。 🦖 ヤルバランは爬虫類から進化したと思われる。 地球史上、一番近い生物はと言われれば「ティラノサウル」だと言える。 二本の足は早く走ることができるように巨大に発達した太ももを持っていた。 長くて太い尻尾は地平から水平に保つことで、巨大な顎をもつ頭とバランスを取れるようになっている。 前肢は短いが二本の長くて鋭い爪がついており、獲物に噛み付いたときにその爪を喰いこませて獲物が動かないようにする。また器用に二本を動かし、皮を剥ぐためにハサミのように使うことがある。その爪で人間の首を切ることはいとも容易い。 体表は硬い皮膚に覆われており、その上に剛い羽毛が生えている。 その羽毛が黒いので、大きな暗黒に見える。 黄色い眼孔と、赤い口だけがこの世にあるようにも見える。 長い鼻腔のおかげで鼻がよく効く。 野生の動物たちと超獣の大きな差は何か? それは大きさだと言うのはとても分かり易い特徴であった。 だが、狩人たちは分かっていた。 その決定的な差は何か。 知能だ。 彼らの知能は獲物を捉える時、狩人と戦うときに発揮される。 また、超獣同士で別の種であっても争いが起きないのもそのせいだと言われている。 彼ら同士でうまくコミュニケーションを取っているようにしか思えないのだ。 近くの茂みに数匹の小さなサイズの超獣である、「ミドリラン」がいるのが見えた。 彼らは斥候である。 別の種の特徴を理解し(つまり見つかりにくく素早い)、その性質を協調でき(本来ならば別種を助ける必要が無いのに)、そして確実に獲物を取りに来ている(我々を追い詰めている)ことが分かる。 これが知能が高いという証左になっている。 「グガァァァァァァァァ!!!!!!」 ヤルバランの咆哮である。 馬は足を止めてしまう。 もちろん、チックの身体も、仲間の身体も硬直する。 大きな音は鼓膜をつき、脳を揺らして恐怖を植え付ける。 その後、周辺をミドリランが囲むように散会した。 ほんの少し、ヤルバランの体躯が沈んだと思ったら、高く跳躍した。 ほとんどその体長と同じぐらいの「高さに」である。 「逃げろ!」 お頭が、そう叫びにながら馬車から飛び降りた。 チックは自分の鼓動が聴こえるぐらい、心臓が警笛を鳴らしているのが分かった。 馬車から飛び降りて、受け身を取ってそのまま体の流れに合わせて脚を立てて前進させる。 ズドーン! 馬車がヤルバランに踏み潰されて、馬も巻き込まれる。 悲鳴が同時に聞こえたので、仲間の数人も踏み潰されたかもしれない。 チックは後ろを見ないでまずは距離を取ることに集中する。 「このくそ野郎!!!」 銃火器担当の仲間がヤルバランを目の前に最初の一撃を見舞おうとしていた。 「グガァァァァァァァァ!!!!!!」 目の前であの咆哮を浴びせられる。 そのせいで彼の鼓膜が破裂した。 一瞬トリガーが遅れた。 ヤルバランはその隙を見逃さず、そのまま彼の上半身を喰い千切る。 千切った後に顔をあげて喉を大きく膨らませた。 骨が砕かれる音が聴こえる。 噛み砕かれた彼は、悲鳴を上げることなく飲み込まれた。 すぐにそのままヤルバランが身体を翻す。 チックは反射的に、身体を地面にのめりこませるほど身をかがめた。 その頭上スレスレをヤルバランの尻尾が抜ける。 仲間の誰かが、それにぶち当り吹き飛ばされる打撃音が聞こえた。 あの銃火器も一緒に吹っ飛んでいくのが見える。 チックは態勢を立て直して辺りを見回したら、同様に立ち上がれた仲間はすでに半数以下に減らされていた。 「たった一撃でこの破壊力かよ……」 瞬発力、破壊力、速さ。 そのどれも今までの超獣の比ではない。 というかこの巨体がこの速さで動くのは反則だ。 全員の息が切れていた。 ヤルバランは舌をなめずり回して我々一同を見回した。 「このまま、やられっぱなしってのもな……」 チックが仲間を見ると、周りも同じ気持ちだと感じた。 この状況で、いつものやつをするのだろう。 お頭が右手をあげて、合図を取る。 レゾンティの仲間には腰にロープの排出機が付いている。 そして、超ミニロケットを常に一つ携帯しており、そのロケットにロープをくくりつける。 「いいか! 外すなよ!!!」 お頭が、上げていた右手を下げる。 同時に黒い爆薬をヤルバランに向けて投げる。 それはヤルバランの手前で爆発し、煙幕となる。 チックはロケットを点火して狙いを定めていたところへ向けて放つ。 仲間全員が同じように発射する。 ロケットが空中で他の仲間のロケットをロックする。 一つ隣のロケットをロックする仕組みになっているのだ。 そのおかげで全てのロケットは同じように弧を描きながらヤルバランの上空で旋回をしながら落ちていく。 ヤルバランの首を数週して、締め付けるようにロケットは弧を描いて落下する。 地面に突き刺さり、そのまま楔となるのだ。 ロケットが楔になったのを感じると、仲間はロープを張るように後ろへと駆け出す。 ピーンと張れば、さらに自分の腰のボタンを押す。 すると腰のロープ排出機から自分側にも地面に楔を排出できる仕組みだ。 「へっ! ざまあみろ。」 チックは張り切ったロープに手応えを感じる。 このロープはカーボンを捻りこませたもので、人類史上で一番頑丈なものである。 煙幕が消えるとヤルバランの首は何重にも巻き込まれたロープが絡まっており、そして文字通り地面に縫い付けた格好になっていた。 「こうなりゃ、ただの木偶の坊だろ!」 近くの仲間がそう叫ぶ。 チックはすかさず、ロープ排出機を自分から外してボーガンを取り出した。 ボーガンの矢じりには毒が塗られており、暴れる前に目を撃ち抜くのだ。 超獣の皮膚は硬くなかなか矢は通らないが、目であれば射抜くことができる。 完全に地面いひれ伏しているヤルバランを目掛けて放った。 「…待て! なぜ、アイツは地面にひれ伏しているのだ!!」 そう、お頭が叫んだおかげで、チックにも数秒前の風景が見えた。 そうだ、アイツは立っていた筈だ。 「全員、すぐにロープ排出機を取り外せ!」 お頭が言い終わる前に、ヤルバランは首と体を勢いよく持ち上げた。 チック以外は全員が手遅れで、その動作に釣られてロープごと引っ張り上げられてしまう。 地面に深く打ち込んだはずの楔は、無かったかのように軽々とその力で抜かれてしまう。 そうして、ヤルバランは全員をぶら下げたまま体を大きく反転させた。 仲間はまるで遊園地の回転ブランコのようになり遠心力で体が浮いて回転する。 そのまま地面に叩きつけられて気を失った。 ヤルバランは煙幕の最中、ロープの張りを“感じさせて”からすぐに伏せたのだ。 結果的に弛みができた状態で仲間は楔を打つことになった。 おかげでロープには遊びが出来、勢いをつけて抜くことができたのだ。 そのせいで、全員は一網打尽にされた。 恐ろしいほど冷静なやつだ。 チックは頭の中でオウムガイまでの距離を測る。 仲間が食べらている間に逃げ切れる距離ではないが、森に逃げたところですぐに探索される。 であれば、獲物が多い場所に逃げ込むべきだ。 チックは匂い袋をその場にぶちまけた。 ひどい匂いがその場に充満する。 すると、ヤルバランは大きな声を上げた。 「ちょっとは時間を稼げるか……」 チックは一目散にオウムガイに向けて逃げた。 ヤルバランはチックの匂い袋を嫌がりながらも、レゾンティの仲間を食べあさり始めた。 🦖 「これ以上は入れません! 奥にある他の地下房へ向かってください!」 自警団がユルトの目の前で地下房への扉を今まさに閉めようとしていた。 「ユルト! お前もこっちへ!」 父がギリギリ中に入ったのをみて、ユルトは安心した。 「父さん! 僕は大丈夫です。他を探しますので!」 手を伸ばしていた父の手を遮って、自警団は父を押し込んで扉を閉めた。 「あっちの地下房も閉まっているよ!」 外に残った住民たちはパニック状態である。 情報もあちこちで迷走しているからだ。 街の地下房の数が全員分あるというのは、自警団の方便であることは知っていた。 そんなものを用意していればオウムガイの地下はスカスカになってしまう。 限られた人数だから収容できるというものである。 こうなれば、街で一番頑強な建物に逃げ込むしかない。 ズシーン!!!!! とても大きな音がした。 振り返ると城壁の上から超獣の姿が見えた。 「な、なんて大きさだ……」 逃げ遅れた人々はその巨大な超獣に慄いた。 悲鳴がそこかしこで響く。 その阿鼻叫喚を賛辞とでも受け取ったのか、 超獣は少しだけ後ずさって勢いよく城壁へ突進した。 その衝撃を受けて城壁は、物理法則の通りしっかり内側に膨らみだす。 もう一度、大きなスライドで超獣が走る音が聞こえ、城壁にぶつかる。 その度にあの分厚くて硬いはずの城壁が内側にめり込み始める。 その光景はユルトにはあまりに美しく見えた。 「堅牢って言っても人間にとってはってことか……」 超獣がぶつかるごとに、その部分はどんどんと内側に膨らんでいく。 周りは悲鳴を上げて逃げ惑った。 ユルトは呆然と立ち尽くす。 今日で終わるのかと思う。 ドーンと何度目かの大きな音がしたと思ったら、城壁が決壊した。 砂煙が舞った。 「ヤ、ヤルバランだ!!!!」 民衆の誰かが叫んだ。 蜘蛛の子が散るように、住民たちはあちこちに逃げた。 ユルトはその波に身を任せていた。 城壁からのそっと体を入れて来たヤルバランの首にはロープが巻き付いていた。 だが、そのロープの先にぶら下げているものが絶望そのものに見えた。 レゾンティの仲間とおもわしき人間たちが、いやかつて人間だった肉塊がぶら下がっているのだ。 上半身がそれぞれ噛みちぎられている。 ロープの先でブラブラと揺れるその下半身たちは、まるでヤルバランのコレクションのようにも見える。 そして、口にはあの少年が挟まっているうように見えた。 「うあああぁぁぁ!!!!」 初めてユルトに恐怖が登って来た。 喰われるというのは死ぬということとは次元が違った。 生きている間に食される。 それは、死に対して抱いていた漠然とした諦観でやり過ごせるようのものではなかった。 喰われたくない! ユルトは激しくそう思った。 🦖 「おお! あの様子ではお腹は満たされてるのかもしれませんね? この分だと野性味が減っているでしょうね」 やたら涼しい声がユルトの耳に入る。 あの銀縁のメガネだ。声の質が周りの人間と違ったせいでやけに耳に届いた。 「思っていたよりも、大きいですね。ロックできるでしょうか?」 そう言うと、銀縁メガネはヤルバランに向かって走って行った。 「バカか! 殺されるぞ!」 銀縁メガネはユルトの声が聞こえたのか、手をひらひらさせて返事をする。 一瞬で跳躍したかと思うと、近くの建物の上へひょいひょいと上がっていった。 「おおよそ体重は15tといったところですか? うーん、手持ちの毒では足りないかもしれないですね……」 少々の焦りを見せた銀縁メガネだったが、そのあとは冷静にヤルバランを望遠鏡で観察していた。 「ああ、狩人の誰かが頑張ったんですね。瞳孔の広がり方を見ると神経系の毒が回り始めていますね。この辺で流行ってるのって、確か…酵素系でしたでしょうか…?じゃあ、もう少しの追加で効きそうですね」 「グガァァァァァァァァ!!!!!!」 咆哮をして、ヤルバランが市街地に踏み込んできた。 銀縁メガネはその屋上から、さらに跳躍をして着地をするとヤルバランの近くへ走り出す。 市街地の建物を盾にして、ヤルバランとの距離を詰める。 そしてすぐ脇の建物に滑り込む。 「おお、思っていたよりも随分と毒が回っているようですね。涎が止められないようですね」 銀縁メガネはピストルのようなものを構えて、そこへ特製の弾丸を二つはめ込んだ。 ピストルの銃口はやけに大きく、弾丸もとても大きい。 この大きさと銃身の短さでは相手を貫くことはできない。 「ビクトリアルの汁とスクワラの葉酸!!!」 銀縁メガネはヤルバランの顔めがけて、そのピストルを向けて弾を発射した。 すると、その弾薬はヤルバラン顔の前で爆発し、そのあとすぐに紫色の煙が広がった。 ヤルバランはすぐに暴れ始めた。 「あれって、もしかして激臭の薬??」 ユルトは遠くで見て気づいた。 多分、森の中にいる臭気を出す虫とスクワラと言う花の成分を混ぜ合わせたものだ。 あまりの刺激臭のため周囲が紫色になると言う。 「うん。これであなたの鼻は終わりましたね。もう、僕の居場所が分からなくなっているでしょう?」 銀縁メガネは、ピストルを開けて薬莢を落とす。 地面に金属音が響いた。 そのまま次の弾薬を入れる。 「さて、多分これだと思うんですよね」 銀縁メガネはそのまま防護マスクを被った。 「風向きもおあつらえむきですね」 と指先を舐めて、風向きを確認した。 紫の煙を嫌がって後ろに引いたヤルバランの動きを予想していたようにその顔に標準を合わせて次の弾を打ち込む。 「続いて! これでどうですか!」 ヤルバランの前で爆発する。 先ほどとは違い、今回は爆発と同時に中の弾丸が散弾するようになっていたらしく、ヤルバランの目と口の中に多少の弾丸が入ったようでその痛みで暴れまわった。 「うん! 効果があるまで2分半ってところですか?」 すぐに銀縁メガネはその場を後にする。 ヤルバランは痛みを耐えて、あたりを見回して咆哮をする。 自分を痛めつけた人間を探しているようだ。 銀縁メガネは自分のタイムウォッチを叩き、逃げる。 防護マスクを脱ぎ捨てたので、コロリとそれが音を立てた。 ヤルバランは音がした方を見て、銀縁メガネを視認した。 そのまま涎を垂らして追いかける。 少しぐらつきながらだが、バランスをギリギリ保てているようだ。 「うわっ! まだ走れるのですか! これは本格的に危ないですね」 銀縁メガネは跳躍を繰り返し、素早く逃げた。 常人の動きでないことは明らかではあるが、相手が相手である。 ヤルバランの走行速度であればすぐに追いつかれる。 「ああ、ダメだ! 追いつかれる!」 ユルトは見ていられなくなり、目を瞑る。 しかし、その瞬間に大きな音が。 ヤルバランが前傾姿勢のまま倒れ込んでしまったようだ。 「!!!!!」 銀縁メガネのすぐ横にヤルバランが倒れていた。 間一髪で助かった具合である。 「やっぱり、大きいってすごいですね」 即座に体を起こして、銀縁メガネはヤルバランから離れた。 そのまま、ヤルバランの脚もとへいき、背中にさしていた巨大な月鎌を振り出した。 「悪いですね。ヤルバラン」 そうして、足首の裏にある腱を切りつけた。 ヤルバランが悲鳴をあげる。 そのあと、銀縁メガネは近くの家にある大きな布を引っ張り出して、大量の水をかけた。 それから、ヤルバランの背後から登って、頭にすっぽり被せてしまう。 ヤルバランは神経系の毒で全身の筋肉が弛緩している。 当然、心臓や肺の呼吸器が弱り切っているのだ。 そのため濡れた布でも被せれば十分な窒息死へ陥れることができる。 頭から飛び降りて、銀縁のメガネはその場を離れた。 ヤルバランは、全身をばたつかせた。 脚の腱が切れているので、立ち上がることができなかった。 しばらく、暴れていたが静かに動きが緩まっていった。 その光景があまりに凄すぎて、ユルトは少しずつヤルバランと銀縁メガの近くに行っていた。 「悪いな。ヤルバラン」 もう一度、銀縁メガネはそう言った。 大きな尻尾がゆっくりと、地面に凪いでいくのがわかった。 🦖 銀縁メガネはタバコを吸いながら、胡坐をかいでいた。 「あの、あの……街を救ってくださってありがとうございます!」 銀縁メガネにユルトはそう言った。 「おお、道具屋さんですか。いえ、別にそんなつもりではございませんので礼には及びませんよ」 そうして、タバコを捨てて立ち上がった。 「さて、これ持って帰れるかな……」 銀縁メガネは、現在では希少な道具である電波系の連絡手段を用いて何処かに連絡をとった。 「うん。やっと手に入れることができましたよ。全身標本です」 その連絡先の向こうでさえも大興奮をしているような音が聞こえた。 「ええ。大量のユルリロの葉を購入できたんです。おかげで、ここでロックをする気になりました。ユルリロのアルコールが一番色を抜かないですからね。綺麗な体毛の色も残るので素晴らしいですね。なので、なるべく早く来てくださいね」 そうして、連絡を切ると銀縁メガネはヤルバランの瞳孔を診て死亡を再確認した。 ヤルバランの口元には、あの少年が挟まっていた。 それを二人で引っこ抜いた。 「彼のおかげかも知れませんね」 銀縁メガネによると、この狩人の少年が神経系の毒を使ってくれたおかげでなんとか倒せたとのことだ。 少年の体にはヤルバランの歯型と同じ穴が空いていた。 それはユルトの憧れた姿だった。 「あなたは一体何者なんですか?」 「え? 見てわからないですか? 分類学者ですよ?」 そのまま崩れた城壁から銀縁メガネはオウムガイを出ようとしていた。 「ぼ、僕を弟子にしてください!!!」 「うーん。あなたは彼のようになっていいのですか?」 「構いません。僕だって、僕だって……」 ユルトはちらりと少年を見た。彼の顔は苦痛で歪んでいた。 腹わたが飛び出していたし、腕は変な方向に曲がっていた。 「まあ、こんな時代ですからね。でも、この道はどちらかというと探究心です」 ぼさっと銀縁メガネはユルトの前に本を投げた。 「必要なのは勇気ではありません。有り余る好奇心ですよ。その本を次に僕が来るまでに全部暗記はしておいてください。あなたの好奇心が僕を納得させられるものか試してあげますよ」 「え? これって……」 「僕が書いた本ですよ。全世界で売れてると思うんですけど……」 超獣図鑑。それはユルトの愛読書でもあった。 そして人類にとって、希望の書でもあった。 あの凶暴な超獣に対して、人類で初めてその生態を調べ始めた分類学者が綴ったものである。 彼の命がけの研究のおかげで、あらゆる事前対策が取れるようになるまで人類は導かれたのだ。 人は彼に敬意を込めてこう呼んでいた。 『コレクター』 「では、また」 了
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