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序
「この城もそろそろ終いの時が来たようじゃ」
この小野川城の女主人、咲の方が呟くと、目の前にいる大男が頭を垂れた。
「お方さま…」
咲は静かに首を横に振った。
居城はあちこちに火の手が上がっており、そのせいで異常に暑かった。咲は手の甲でそっと額の汗を拭った。打ち掛けを脱ぎ、純白の襦袢姿になる。
「咲の方さま、どうかお方さまだけでもお逃げください」
「まだ言うか、この頑固者め」
咲は思わず笑いながら罵った。
嫁いできて20年、実家の父が付けてくれた従者である兵衛は、武骨だったが裏表がなく、気取らずにいられる良い話相手だった。幼い頃は少し年上の兵衛と共に武芸の稽古に勤しんだものだった。子供の頃から変わらず、ずっと側に私心なく付き従ってくれていた。
かつての敵方であった夫とは、家同士の和睦のために仕組まれた政略結婚で、良くはしてくれたが、心の底からは馴染めなかった。
(なんともしまりのない幕切れじゃ)
飛ぶ鳥を落とす勢いの織田信長に目をつけられたのが運の尽きだった。
信心深い夫は、織田軍が自分の領地を通って、寺社を攻めに行くのを拒んだ。敵を落としに行くついでに攻められて、小さな領地と城は燃やされようとしている。
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