三.コルセット

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三.コルセット

娘が二階から母親に向けて呼びかけていた。 また、いつものやつなのだろう。朝は忙しいのでやめてほしいと、母親は思った。 「ねぇ、母さん! アレどこ? 見つけられない」 「起きてすぐ使えるように、そばに置かないからそうなるのよ」 と母親は呟きながら、階段を上がっていく。 「ねーどうせ、床とか、机の上とかに置きっ放しにしたんじゃないの?」 嫌味を感じさせる声で、母親はドアを開けながら言った。 すると案の定、娘の首と背中は曲がり、頭が重力に負けて床に着きそうになっていた。 そのせいで前も見れない。歩けない。そして、ものを探すことさえできない状態であった。頭が下にあり、腕だけが空中でパタパタとしている。 近年、スマートフォンやパソコンのモニターを見る時間が圧倒的に増え、そのせいで人類の首と背骨が曲がりきってしまい、自分の頭の重さに耐えることが出来なくなってしまった。 このため、ほとんどの人が首と背中をまっすぐにする矯正コルセットをつける必要が生じ、寝ている時間以外は外すことが出来なくなっていた。 「ほら、やっぱり。机の上よ」 パタパタとしている娘の手にコルセットを渡すと、器用に折曲がった姿勢のままで、ベッドの上に装着部分を広げて置いてから、「よっこいしょ」と自分の身体をそこにはめた。 娘がハマると、コルセットはギギギと音を立てながら、ゆっくりと娘の身体を引き伸ばしていった。それでようやっと、娘は直立出来るようになった。 「はあ、良かった」 「気をつけてよ、毎朝じゃない! ちゃんとベットの脇に置いておきなさいよ」 「毎朝ではないでしょ」 と娘はむくれて言い返す。 ため息をついた母親は、娘のコルセットが黄ばみかけていることに気づき、来週にでもクリーニングに出さなければならないと考えた。しかし、そうなると代替機を借りる必要があり、予定外の出費が嵩むことに頭を悩ませる。 そんな、母親の悩みをよそに、娘はまたスマートフォンを片手にスクロールを始めた。 「何をそんなに見ることがあるのかしらねぇ」
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